今回は、医師の刑事責任が問われた判決(1件は有罪、1件は無罪)を2件ご紹介します。
No.258の判決の紹介にあたっては、判例タイムズの解説も参考にしました。
この事案で、弁護人は、約8ヶ月半の研修経歴しかない臨床研修医である被告人には、心室細動の発生を具体的に予見することはできないから、心電図波形をチェックし、患者の容態を直接診察することは期待できなかったとして無罪を主張しました。しかし、裁判所は、被害者は当時2歳の幼児で心臓手術を行った直後の患者であり、心室細動等の心臓の異常を起こすおそれがあることは医療関係者には明らかなことであって、被告人も当然そのことを知っており、また、だからこそ患者はICUに収容され、監視モニターによってそのバイタルサインである各種数値が測定・表示されるようになっていたのであって、そのような被害者については、常時その容態を観察しておく必要があり、心室細動の具体的兆候が現れなければ、監視モニターの確認や被害者の全身状態の観察等を行わなくてもいいというものではないことは当然のことであるとして、被告人(臨床研修医)の過失を認定しました。
No.259の判決の中で、検察官が援用する日本麻酔科学会作成の「安全な麻酔のためのモニター指針」によると、麻酔中の患者の安全を維持確保するため、「現場に麻酔を担当する医師が居て、絶え間なく看視すること。」という指針の記載があることが指摘されています。
しかし判決は、このモニター指針は、モニタリングの整備を病院側に促進させようという目的から作成されたものであり、麻酔科学会として目標とする姿勢、望ましい姿勢を示すものと位置付けられていると判示し、すなわち、この指針に適合せず、絶え間ない看視をしなかったからといって、許容されないものになるという趣旨ではないと判断しました。さらに、麻酔科医は絶え間ない看視を行うべきであるとの見解を2名の医師が証人として述べている点についても言及し、これは、麻酔科医が専門家として追求すべき手術中の役割は何かといった観点からの見解であって、我が国での麻酔科医の実情を述べるものではないと判断しました。
両事案とも実務の参考になろうかと存じます。