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No.249「看護師が入院患者2名の足の爪を剥離させたとして、傷害罪で起訴。有罪とした一審を破棄し、無罪を言い渡した高裁判決」

福岡高等裁判所 平成22年9月16日判決 判例タイムズ1348号246頁

(争点)

Yの行為につき傷害罪が成立するか

 

(事案)

Y看護師(被告人)は医療法人Z病院で看護師として勤務していた。

Y看護師は、「(1)平成19年6月15日午前7時45分ころ、Z同病院において、クモ膜下出血後遺症等の治療のために入院中の患者A1(事件当時70歳・女性)に対し、同人の右足親指および右足中指の各爪を爪切り用ニッパーを使用するなどして剥離させ、A1に全治まで約10日間を要する機械性爪甲剥離の傷害を負わせた(2)平成19年6月11日午前10時15分ころ、Z同病院において、脳梗塞症等の治療のため入院中のA2(事件当時89歳・女性)に対し、同人の右足親指の爪を爪切り用ニッパーを使用するなどして剥離させ、A2に加療約10日間を要する右足親指の外的要因による爪切除及び軽度出血の傷害を負わせた」として傷害罪で起訴された。

1審は、捜査段階におけるYの供述調書内の自白の信用性を肯定し、Yが「(1)患者Aに対して、右足中指のはがれかかり根元部分のみが生着していた爪を、同爪を覆うように貼られていた絆創膏ごとつまんで取り去り、同指に軽度出血を生じさせるとともに、右足親指の肥厚した爪を、爪切り用ニッパーを用いて指先より深く爪の8割方を切除し、同指の爪の根元付近に内出血を、爪床部分に軽度出血を生じさせる傷害を負わせた」こと、及び「(2)患者A2に対して、右足親指の肥厚した爪を、爪切りニッパーを用いて指先よりも深く3分の2ないし4分の3を切除し、爪床部分から軽度出血を生じさせる傷害を負わせた」と認定して各傷害罪の成立を認め、被告人を懲役6月・3年間刑執行猶予に処したところ、Yが控訴した。

 

(裁判所の判決)

一審判決(福岡地裁小倉支部平成21年3月30日):有罪(傷害罪)懲役6月・3年間刑執行猶予

控訴審判決:無罪

 

(裁判所の判断)

(1)Yの捜査段階の供述(自白)の信用性について

裁判所は、この点につき、次のように判示して、一審とは異なり、Yの自白の信用性を肯定しませんでした。「自白を除く関係証拠によると、Yは、A1及びA2の右足親指の爪を、いずれも爪切り用ニッパーを用いて、爪が爪床から浮いている隙間の部分にニッパーの刃を差し込んで、爪を切り進み、爪床を露出させたと認められるのに、Yの自白調書は、本件の核心部分である行為態様について、一般的には爪床と生着している爪甲を無理に取り去ったという意味と理解される「剥離」ないし「剥いだ」という表現が用いられている(しかも、繰り返し多用されている)点で、自白調書を除く関係証拠により認定できるYの行為態様にそぐわない内容になっている。」

「Yの捜査段階の供述は、爪の剥離行為を認める供述部分はもとより、その動機・目的等を含むその余の部分も含め、Yの真意を反映せず、捜査官の意図する内容になるよう押しつけられ、あるいは誘導されたものとの疑いが残り、その疑念を払拭するだけの特段の事情も見あたらない。」

(2)A1の右足親指の爪について

裁判所は、A1の右足親指は肥厚爪で全体的に白く変色し、中央付近から先側が何層にも重なったように著しく肥厚していたことから、Yが爪切り用ニッパーを用いて徐々に切り進み、指先よりも深く爪の8割方を切除したところ、まもなく、爪の根元付近に幅約1ないし2ミリメートル、長さ約1センチメートル足らずの線状の内出血様の状況が生じたと認定し、爪床部分に軽度出血を生じさせたとの一審判決の認定は相当でないと判示しました。

(3)A1の右足中指の爪について

裁判所は、爪を覆うように縦横に絆創膏が貼られてあったが、平成19年6月15日、Yが縦に貼られていた絆創膏を剥がした際に爪が(故意によるものか否かは別として)取れたと認定しました。

(4)A2の右足親指の爪について

裁判所は、A2の右足親指は、鉤彎爪で人差し指方向へ爪が曲がって伸びていたことから、Yが詰め切り用ニッパーで指先よりも深く、爪床から浮いていると思われる部分を切り進み、指先よりも深く爪の3分の2ないし4分の3を切除したところ、間もなく爪床ににじむ程度の出血があったと認定しました。

(5)傷害行為に該当するかどうかについて

裁判所は、まず、A1及びA2の各右足親指の爪について、本来爪によって保護されている爪床部分を露出させて皮膚の一部である爪床を無防備な状態にさらすのであるから傷害行為といえると判断しました。また、A1の右足中指についても、Yが絆創膏を剥いだ当時、その行為によって、爪床と若干生着ないし接着していた爪甲が取れて爪床が露出させられたとみられ、一応、傷害行為であるといえると判示しました。

(6)傷害の故意について

裁判所は、A1及びA2の各右足親指の爪を切って爪床を露出させたことは、Yがその行為を認識して行われなければなし得ないものであるから、当然に自己の行為を認識しつつ行ったものであり、傷害の故意があると認定しました。

しかし、A1の右足中指の甲については、絆創膏を剥がした際、その下の組織と若干生着ないし接着している部分があるにもかかわらず、取ってしまうことをYが認識していたとは認定できないとして、傷害の故意を否定しました。

(7)正当業務行為として違法性が阻却されるか否かについて

裁判所は、傷害罪の構成要件に該当する、A1及びA2の各右足親指の爪を切って爪床を露出させた行為について、一審及び控訴審で取り調べた専門家の鑑定書や証言等を踏まえた上で、医師との連携が十分とはいえなかったこと、結果的に微少ながら出血が生じていること、A2の右足親指についてはアルコールを含んだ綿花を応急処置として当てたままにして事後の観察もせず放置してしまったことなど、多少なりとも不適切さを指摘されてもやむを得ない側面もあるが、これらの事情を踏まえても、Yの行為は、看護目的でなされ、看護行為として必要性があり、手段、方法も相当といえる範囲を逸脱するものとはいえず、正当業務行為として、違法性が阻却されるというべきであると判断しました。

以上より、裁判所は、A1の右足中指の爪については、傷害の故意がないので傷害罪の構成要件に該当せず、また、A1及びA2の右足親指の爪については、傷害罪の構成要件に該当するが、正当業務行為として違法性が阻却されるとして、一審を破棄し、Yを無罪としました。

その後、控訴審判決は確定しました。

カテゴリ: 2013年10月10日
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