福島地方裁判所平成17年3月9日判決 判例タイムズ1242号254頁
(争点)
気道確保を遅延した医師の過失の有無
(事案)
A(平成9年生、男児)は、平成12年3月27日夜、睡眠中に目を覚まし機嫌が悪く泣きぐずり、同日午後9時40分ころ、ミルクを吐いた。
同日午後10時ころ、Aは、咽頭痛、呼吸苦を訴えた。同日午後10時30分ころ母親がAの体温を検温したところ、体温は、36度5分であった。
同月28日午前5時30分ころ、Aはミルクを飲みたがり、ほ乳瓶で牛乳を少し飲んだが、途中で飲まなくなり、咽頭痛を訴えた。同日午前8時ころ、Aは苦しそうな呼吸をし、38度5分の発熱があったため、9時ころ、H病院を受診したところ、H病院のH医師はAを急性クループと診断し、Aにネブライザーの処置をした。H医師は、「薬も飲まないだろうから、2、3日Y病院で点滴をして入院しましょう。」と述べ、母親はH医師の紹介状を持参し、AをY市立Y病院へ連れて行った。
母親は9時34分にY病院の駐車場に入り、受付を済ませたが、なかなか呼ばれないため、9時42分になったときに、受付に断って小児科のある2階に上がっていった。そして、母親とAは小児科の受付を済ませて処置室に入った。
Y病院のB医師は、Aを処置室の隣の特診室に招き入れてAをベッドに寝かせたが、Aの喉は診察しなかった。B医師は、Aにはチアノーゼもなく意識もあったが、顔色が蒼白状態であり、吸気性の呼吸困難と発熱があったことから、クループ症候群喉頭炎と診断した。9時50分ころ、看護師は、泣きながら暴れて酸素マスクの装着を嫌がるAに対し、ネブライザーを施行した。
ネブライザーの処置後の9時52分ころ、看護師は、Aに酸素マスクを装着したが、Aはマスクの装着を嫌がり、マスクの紐に右手を伸ばし、それを取り除こうと試みた。しかし、Aは、2回目に紐をつかむと力無く手を下に下ろし、呼吸停止状態となり、口周囲や顔色が不良となっていった。
B医師は、急変した旨の看護師の知らせを受けて、処置室にいるAのところへ駆けつけた。9時52分40秒ころ、B医師は、耳鼻科医の応援要請を行った。B医師は、耳鼻科医が到着するまでの間、心臓マッサージを行っていた。9時56分ころ、耳鼻科医が処置室に到着したが、来室した耳鼻科医は道具を全く持参しておらず、看護師に気管切開の道具を持参するように指示した。9時57分30秒ころ、B医師は小児科の医師であるC医師に応援を要請し、C医師は5秒後には、処置室に駆けつけた。
9時59分30秒ころ、C医師はAを抱きかかえて2階の処置室を出て1階の急患室に搬送した。10時00分ころ、急患室に到着したときのAの状態は心停止状態であった。またその頃、瞳孔7mm、対光反射がない状態でもあった。
10時05分ころ、C医師は、急患室内で気管内挿管を試みたところ、挿管することができ、Aにモニター(呼吸心拍監視装置)を装着して、100%酸素吸入をして人工呼吸を開始した。
10時13分過ぎからAの心拍は再開したが、Aは、急性喉頭蓋炎により窒息に陥ってから、脳が不可逆的なダメージを回避できる時間内に気道確保の措置が行われなかったために低酸素性脳症に罹患していた。そのためAは、人工呼吸器による呼吸管理を受けていたが、平成12年11月5日、低酸素性脳症を原因とする長期間にわたる人工呼吸器及び感染症による慢性心不全状態による心不全を直接原因として、Y病院内で死亡した。
そこで、Aの両親は、Y病院の医師らには、気道確保の遅延等の過失があったとして、Y市に対して損害賠償請求訴訟を提起した。
(損害賠償請求)
患者遺族ら(両親)の請求額:7600万円
(内訳:入院付添費133万8000円+入院雑費28万9900円+傷害慰謝料250万円+逸失利益3332万2063円+死亡慰謝料2000万円+葬儀費用120万円+遺族固有の慰謝料両名合計で1000万円+弁護士費用735万0037円)
(判決による請求認容額)
裁判所の認容額:5382万4718円
(内訳:入院付添費133万8000円+入院雑費28万9900円+傷害慰謝料250万円+逸失利益2449万6818円+死亡慰謝料1600万円+葬儀費用120万円+遺族固有の慰謝料400万円+弁護士費用400万円)
(裁判所の判断)
気道確保を遅延した医師の過失
裁判所は、まず、気道確保の方法として、第1次的には、気管内挿管を選択すべきであったと判断しました。
その上で、気管内挿管は、すべての医師が習熟すべき基本的手技であるとする文献もある一方で、麻酔科医以外の医師が実施しなければならないのは技術的にも難しいとの記述があること、特に小児の上気道閉塞を取り扱うときには麻酔科医、耳鼻科医や外科医との密接な連携が必要であるとされていること、B医師は、小児科医として、30年以上のキャリアがあるところ、長年にわたり気管内挿管の経験がないことを自認していること、本件は、すべての診療科が通常の診察をしていた平日の午前中の出来事で、耳鼻科医等他の科の医師に応援依頼することも容易であることからすると、B医師に対し、B医師自身が気管内挿管を試みるべきであったという義務を負わせることは、かえってAの容態悪化の危険性すらあり、相当ではないと判示しました。
その上で、裁判所は、B医師は、気管内挿管の技術を持つ医師(具体的には耳鼻科医か気管内挿管を奏功させたC医師)をすぐ呼ぶか、その医師のいるところへAを運び込むか、さらにはすべての症状に対応できる装置のある急患室へ搬送するかなどして、気管内挿管により気道確保をはかる処置をとるべきであったと判示しました。
さらに裁判所は、B医師につき、1)Aの容態が急変した約40秒後の9時52分40秒ころになってはじめて耳鼻科医を応援要請しているにすぎない。2)自らAを急患室へ搬送することもしていない。3)9時57分30秒ころのC医師に対する応援依頼も遅きに失した。4)耳鼻科医に応援依頼をする際、呼吸停止状態の患者がおり、気道確保が緊急に必要である旨を看護師に明確に伝えなかったか、またはB医師の指示を受けた看護師が耳鼻科医に的確に応援依頼の内容を伝えなかったと考えざるを得ない。5)耳鼻科医が気管切開のための道具を持参していないのを知った段階で、即座にC医師に応援を依頼するか、どのような状況にも対応できる可能性の最も高い急患室に搬送するなどの具体的な行動に出る必要があったと指摘しました。
裁判所は、以上から、Y病院医師は、Aが呼吸停止状態に陥った直後に気管内挿管を試みるべく、急患室へ搬送するか、呼吸停止状態であって気道確保が必要な患者がいると明確に伝えて耳鼻科医の応援を依頼するか、耳鼻科に搬送するか、さらにはC医師の応援を依頼するなどの処置をすべきであったにもかかわらず、いずれの措置をも行っていないとして、Aの気道確保が遅れたという結果についてY病院医師の過失を認定しました。
以上より、上記裁判所の認容額の限度で遺族の請求を認めました。
その後判決は確定しました。