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No.241「胃癌の手術後、患者が死亡。医師が消化管穿孔による細菌性腹膜炎の発症に気づかず開腹手術等を行わず、漫然と保存的治療を行った過失があるとされた地裁判決」

東京地裁平成15年3月12日判決 判例タイムズ1185号260頁

(争点)

医師の過失(開腹術を行うことなく漫然と保存的療法を施行した過失)の有無

 

(事案)

平成5年3月8日、A(当時43歳の女性・主婦)は胃痛・悪心のためY医療法人が開設、経営するY胃腸科外科病院(以下、Y病院という)を訪れた。検査の結果、胃進行癌との診断が下され、入院し、同月17日に胃切除手術等が実施された。

4月6日午後1時半ころ、Aは経過が順調であるとのことで退院を許可され、帰宅途中にうどんを2、3本食べた。しかし帰宅後に右下腹部に激痛を訴え、同日午後5時ころY病院に救急車で搬送された。

Y病院は、腹部超音波検査等の結果、食中毒の疑いを持った。

同月7日もAの腹痛は続き、腹部はやや膨満し、嘔気をもよおし、腹部触診の結果、右上腹部に圧痛、ブルンベルグ徴候、筋性防御が認められ、腹部超音波検査の結果、上部小腸の拡張像と少量の腹水が見られた。白血球の数値は7700であった。

同月8日午前10時30分から39分ころまでに撮影されたCT写真で腎盂及び尿管に造影剤の存在が確認されず、同日午前11時過ぎに造影剤のガストログラフィンを消化管内に注入して午前11時15分に撮影した腹部レントゲンの写真でも、腎盂・尿管に造影剤の存在を確認できなかった。ところが、午前11時34分以降午後4時までに撮影した腹部レントゲン写真では、腎盂・尿管に造影剤の存在が確認される。しかし、この日に腎盂に排泄される造影剤がAに使用されたことはない。

Aの白血球の値は翌9日には1000まで減少し、毎分100回以上の頻脈など、敗血症の所見、症状も見られた。

同月11日、Aの腹部が急に著しく膨隆し、浮腫、腹水、胸水が著しく貯留し、呼吸困難、血圧低下、心音微弱が見られ、ショック状態となった。

Y病院はAの腹腔、ダグラス窩、右上腹部に穿刺し、ビニールチューブを留置して持続的に腹水の排出を行った。

同月15日以降、一時的に小康状態の時期もあったものの、Aの症状は次第に悪化し、DIC(播種性血管内凝固症候群)を発症し、出血傾向を生じた。さらに同月20日には、重症黄疸が発症し、同月25日には意識障害が発生した。

同月26日、Y病院の判断でAはB労災病院に転院した。B病院は、排液検査の結果から、消化管穿孔による腹膜炎及び腹腔内出血と診断し、頻脈、高熱の持続、黄疸の発現もみられることから、これ以上の保存的治療は全身症状をさらに悪化させる可能性が高いと考え、すぐさま外科に転科させて開腹手術に踏み切ることとし、患者の家族の同意を得て開腹手術を実施した。

開腹した結果、Aの左右側腹部には悪臭を伴う血塊の混じった膿瘍があり、また、肝右葉表面に厚い胆汁色の膿苔が見られ、トライツ靱帯の約10センチメートル肛門側に穿孔部が認められた。腹腔内洗浄、ドレナージを施行したが細菌の毒素によるショックから離脱できず、同月28日、Aは腹腔内膿瘍による敗血症で死亡した。

そこで、遺族であるXら(夫および娘2人)が、Y医療法人に対して、債務不履行または不法行為に基づき損害賠償請求をした。

 

(損害賠償請求)

遺族ら(夫・子2人)の請求額:合計8398万1603円
(内訳:治療費95万2970円+入院付添費55万2000円+入院雑費2万9900円+慰謝料2684万1600円(入院中44万1600円+死亡慰謝料2640万円)+逸失利益4610万4433円+葬儀費用120万円+損害賠償請求費用70万0700円+弁護士費用760万円)

 

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:遺族3名合計6317万5464円
(内訳:治療費76万6960円+入院付添費10万8000円+入院雑費2万3400円+慰謝料2500万円+逸失利益3047万7105円+葬儀費用120万円+弁護士費用560万円、相続人が複数いるため端数不一致)

 

(裁判所の判断)

医師の過失(開腹術を行うことなく漫然と保存的療法を施行した過失)の有無
  1. 裁判所は、AがY病院でビルロートII法の胃癌手術をして退院した直後であること、食後に激痛を訴えたこと等の搬送時の状況からは、外科医であれば、腸管破裂の疑いを念頭に置いて診察する必要があったと判示しました。また、本件においては、4月8日に消化管穿孔を窺わせるレントゲン結果が現れたこと、同日のCT写真では、有意の量の腹水が撮影されていること、さらに、4月8日から同月9日にかけて急激に白血球が減少し、また頻脈も見られ、敗血症の所見が出現したこと等の各事実を総合すれば、標準的な外科医であれば、遅くとも4月9日には、Aの消化管穿孔による細菌性腹膜炎の発症を診断できたとも判断しました。

  2. その上で、裁判所は、消化管穿孔による細菌性腹膜炎が疑われる場合には、開腹手術を行わない限り、敗血症、ショックあるいは臓器不全、そして死亡へと繋がる一連の悪循環を断つことはできない以上、外科医としては可及的速やかに開腹手術を行うか、それができない事情にあるときは手術可能な病院に転送する義務を負っていると判示しました。

  3. しかしながら、外科病院であるY病院の担当医師は、4月11日以降腹膜炎を疑いながらも、漫然と2週間もの間保存的療法に終始したため、B労災病院に転送された時点でAの病態は救命不可能なほどに悪化しており、同病院で直ちに開腹手術が行われたものの奏功せず、死亡するに至っていると判断しました。
     Y病院入院中のAには、手術を阻む理由となるべき全身状態の悪化は認められなかったのであるから開腹手術の適応があり、B労災病院は内科に搬送されたAを直ちに外科に転科させて緊急の開腹術を行っている点を指摘し、裁判所は、これらの事実は、Aに対して保存的療法を続けたことが症状を悪化させる結果になったこと、したがってY病院に入院していた時点で、Aは、多少リスクを伴うものであっても開腹術を行うべき状態であったことを示唆するものであると判示しました。
     また、裁判所は、仮にY病院が設備面で、あるいは技術的にこの患者に対して適切な治療を行うことが不可能なら、もっと早期にしかるべき施設に患者を転院させるべきであり、いずれにしても4月26日まで漫然と保存的療法に終始したことは医師として不適切な処置であると判示しました。

  4. 裁判所は、以上のとおり、Y病院の担当医師は、遅くとも4月9日の時点でAに消化管穿孔による細菌性腹膜炎が発症していることを診断できたにもかかわらず、これを見落とし、直ちに開腹術を行うことなく4月26日までの間漫然と保存的療法を施行した過失により、病態の悪化を阻止することができず、同女を転送先で敗血症により死亡させたものと判断しました。
     そして、本件においては、4月9日以降可及的早期に開腹術を行い、腸内容物の漏出を制御すれば、腹膜炎を沈静化させることができ、当時の医学水準に照らし、亡Aを社会生活が営める程度に回復させることは可能であったといえる(鑑定の結果)から、Yは医療契約上の債務不履行又は民法715条の不法行為に基づきAが被った損害を賠償すべき義務を負うべきであると判断しました。

以上から、裁判所は上記「裁判所の認容額」の範囲で、Xらの請求を認めました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2013年6月 5日
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