大阪高裁平成7年9月13日判決 判例時報1568号54頁
(争点)
- 患者Aの死因
- 医師の過失(縫合不全の発見及び再手術の施行が遅れた過失)の有無
(事案)
患者A(当時63歳・男性)はY1医療法人の経営する病院(以下、Y病院という)で、S状結腸癌切除手術(第一手術)を受けた。Aは、第一手術後5日目の昭和60年6月29日午前3時15分、発作的激痛を訴え、発熱、頻脈、悪寒があり、解熱鎮痛剤を投与し解熱を図っても39度以上の高熱が持続し、当初創痛と右下腹部から始まり右下腹部から側腹部にかけて圧すると響くような痛みが増強し、白血球値が1万6500(正常値は5000〜8500)と異常に高くなり、午後1時頃には血圧が著しく低下し(60/触)、顔色不良となり、全身状態が悪化し、ショック症状に陥った。
Y病院医師らは、Aに対して、熱気浴(術後腸機能低下に対して各種腸管運動促進薬と共によく用いられる処置であるが、腹腔内の広範囲は急性炎症が疑われる場合には、一般に禁忌とされている)を6月29日午後3時50分以降、同日と翌30日に各2回宛計4回行った。同年7月1日午前4時頃、Y2医師らは当直の医師の連絡を受けてAを診察し、縫合不全が生じて腹膜炎を発症したとの術前診断をし、同日午前6時50分にY2医師を執刀医とする手術(第二手術という)を行った。
その後Aは死亡した。
そこで、Aの遺族であるXら(Aの妻および子5人)はY1医療法人、Y2医師(昭和49年5月に医師となって以来十数年の経験があり、昭和58年9月から昭和60年3月まで他院の消化器外科長をしていたベテラン医師)、Y3医師(第二手術の介助医で、昭和35年医師資格を取得した経験豊富な外科医)に対して損害賠償請求をした。一審はYらの責任を否定したのでXらが控訴した。
(損害賠償請求)
控訴人ら(患者遺族ら6名)の請求額:合計3億4947万9450円
(内訳:不明)
(判決による請求認容額)
控訴審の認容額:遺族ら6名合計3779万8155円
(内訳:逸失利益1517万8157円+慰謝料1800万円+葬儀費用120万円+弁護士費用342万円、相続人が複数いるため端数不一致)
(裁判所の判断)
患者Aの死因
裁判所は、まず、第二手術の手術記録等の記載、縫合不全と急性膵炎の症状に関する医学的知見、鑑定の結果、医師の所見を検討した上で、6月29日午前3時15分頃、Aの第二手術の手術記録にY2医師が図示した部位のS状結腸吻合部に縫合不全が発症し、鑑定意見や訴外医師の所見のとおり、縫合不全による腹膜炎が汎発性に拡大し、菌血症、敗血症、汎血管内凝固症候群という全身感染症に移行し、多臓器不全に陥ったことがAの死因と推認できると判示しました。
そして、Yらが患者の病変は重症型膵炎によるものであったと主張していることから、上記推認を覆すに足りる所見・症状につき検討を加えました。しかし、Aに急性膵炎の発症を疑わしめる症状・所見が一部あったことは否定できないが、上記推認と矛盾せず、他に上記推認を覆すに足りる証拠はないとして、上記推認のとおり、Aの死因を判断しました。
医師の過失(縫合不全の発見及び再手術の施行が遅れた過失)の有無
裁判所は、Y病院医師らの義務について、6月29日午前3時15分頃、Aは、第一手術のS状結腸吻合部に縫合不全が発症し、Y病院医師らは、遅くとも、Aの血圧が著しく低下し(60/触)、顔色不良となり全身状態が悪化し、ショック状態に陥った同日午後1時頃までには、右縫合不全の発症を診断することができ、発症後12時間ないし24時間以内に、穿孔部から漏出した腸液を洗浄し、穿孔部を縫合し、穿孔した腸管の上行部に人工肛門を造設する再手術を施行すべきであったのであり、そのような再手術をしておれば、Aの救命はできたと判断しました。
その上で、裁判所は、Y病院医師らの過失について、Aの縫合不全に気付かず、消化管の縫合不全に一般に禁忌である熱気浴を、計4回行い、7月1日午前4時頃に当直の医師の連絡で、Y病院に駆けつけたY病院医師らがAを診察し、同日午前6時50分に本件第二手術を開始するまで、29日にY3医師が2回、30日にY3医師とY2医師が各一回宛、Aを診察し、解熱鎮痛剤・抗生物質・蛋白分解酵素阻害剤の投与や、各種検査を指示したほか、漫然と看護師の経過観察に任せ、再手術を7月1日午前6時50分まで行わなかったのであるから、Y病院医師らには、Aの縫合不全の発見及び再手術の施行が遅れた過失があるというべきであるとしました。
以上から、裁判所は上記「控訴審裁判所の認容額」の範囲で、Xらの請求を認めました。その後、判決は確定しました。