東京地方裁判所 平成23年2月14日判決 判例タイムズ1381号192頁
(争点)
根管充填治療における注意義務違反の有無
(事案)
平成13年6月8日、X(昭和51年6月生まれの女性)は歯科医師であるYの開設する歯科医院(以下、Y歯科医院とする)を受診し、同年7月ころまで虫歯の治療等を受けた。Xは、同年8月ころから同年10月23日まで、Yにより補綴矯正治療を受けた。その際、Xの上顎左側の中切歯(左上1番)、側切歯(左上2番)、及び犬歯(左上3番)、上顎右側の中切歯(右上1番)、側切歯(右上2番)、及び犬歯(右上3番)について根管治療(以下、本件治療という)を受けた。
平成18年9月11日、左上2番のクラウンが脱離したことから、XはY歯科医院を訪れ、C歯科医師(Yの子息)の診察を受け、左上2番のクラウンを再装着してもらった。
数ヶ月後、Xは左上2番と右上3番のクラウンが脱離するとともに、腫れによる疼痛があったが、Y歯科医院に不審を抱いていたため受診せず、平成18年12月19日、A歯科クリニックを受診した。
A歯科クリニックのA医師は、スケーリング及び左上2番と右上3番の感染根管処置を行った。A医師は、Xの右上3番から左上3番までの上顎前歯の根管治療の状態が非常に悪いと判断し、Xに対し、このまま放っておけば歯茎が腫れてきて、6歯とも取れてしまう旨の説明をした上、根管治療を専門としているB歯科医師を紹介した。
平成18年12月27日、XがB歯科医院のB歯科医師の診察を受けた。B歯科医師はオクルーザルX線写真撮影をした上、上顎前歯6歯に施された根管治療がすべて不十分であり、これらが根尖性歯周炎に罹患しているとの診断をした。
B歯科医師は、平成19年4月7日にXの右上1番及び3番の根管治療を行い、同月28日に同歯の根管充填を行った。次いでB歯科医師は、同年6月16日にXの左上1番及び3番の根管治療を行い同月30日に同歯の根管充填を行った。さらにB歯科医師は同年8月11日に右上2番の根管治療を、同月18日に左上2番の根管治療を行い、同月25日に右上2番及び左上2番の根管充填を行った。
そこで、XはYに対して診療契約の債務不履行または不法行為に基づく損害賠償請求をした。
(損害賠償請求)
患者の請求額:計464万3050円
((内訳:治療費120万1570円(A歯科クリニック94万4320円+B歯科医院25万7250円)+通院交通費4万1480円+通院慰謝料110万円+後遺障害慰謝料180万+弁護士費用50万円))
(判決による請求認容額)
裁判所の認容額:計224万1310円
((内訳:治療費120万1570円(A歯科クリニック94万4320円+B歯科医院25万7250円)+通院交通費3万9740円+通院慰謝料80万円+弁護士費用20万円))
(裁判所の判断)
根管充填治療における注意義務違反の有無
裁判所は、認定した医学的知見によれば、根管充填は、根管治療の最終処置であり、歯の存亡にかかわる重大な処置であること、根管の緊密な充填を確実に実施することが根管処置の基本原則の一つであること、根管充填の適否が根管治療の予後に大きな影響を与えると認定しました。その上で、裁判所は根管治療を行う歯科医師としては、根管充填に当たっては、根管の緊密な充填を実施すべき注意義務を負っているとしました。そして、緊密な充填の程度については、認定した医学的知見によれば、炎症等により根尖部が吸収されるなどして生理的根尖孔が破壊されているなどの特段の事情がない限り、少なくともX線写真上、根尖から2㎜程度の位置まで充填されているかどうかが適否の重要な基準になるものと解するのが相当であると判示しました。
裁判所は、前記認定した事実、証拠及び弁論の全趣旨によれば、①平成13年9月18日ころにY歯科医院で撮影されたX線写真上、右上2番について、根管充填材が少なくとも根尖から4㎜程度手前までしか達しておらず、右上1番、左上1番及び左上2番についても同程度の位置までしか達していないこと、②平成18年9月11日のY歯科医院で撮影されたX線写真上、右上1番、左上1番及び左上2番について、根管充填材が根尖から約4.5㎜から5㎜程度手前までしか達していないこと、③平成19年3月6日にA歯科クリニックで撮影されたX線写真と同年4月28日に同歯科クリニックで撮影されたX線写真を比較すると、右上1番及び3番についてB歯科医院で再根管治療がされる前の根管充填材の位置が、再治療後の半分程度の位置までしか達していないこと、④同年3月6日にA歯科クリニックで撮影されたX線写真上、左上1番、2番及び3番について根管充填材が根尖から明らかに手前の位置にしか達していないこと、④H大学病院高次口腔医療センター講師のH歯科医師は、平成19年3月6日にA歯科クリニックで撮影されたX線写真上、上顎前歯6歯すべてについて、根尖部から4㎜〜5㎜の死腔があるという意見を述べていると認定しました。
さらに裁判所は、①A歯科医師は平成18年12月19日の診察で、Xの右上3番から左上3番までの上顎前歯の根管治療の状態が悪く、根管治療を専門としているB歯科医師をXに紹介したこと、②B歯科医師は同月27日にXを診察した際、Xの上顎前歯6歯すべてについて根管治療が不十分であると診断したこと、③N歯科医師(N大学教授)が、平成19年3月6日にA歯科クリニックで撮影されたX線写真によれば、これが固形体根管充填として実施された根管充填であるならば不備がある旨証言しているとも判示しました。
そして、裁判所は、N歯科医師が平成19年4月以降にXの上顎前歯6歯の再根管治療をするまでに、Y以外の者が上記6歯について根管充填を行った事実を認めるに足りる証拠はないとしました。
裁判所は、以上からすれば、Yの行った本件治療については、根尖から2㎜程度の位置より明らかに歯冠側までしか根管充填がなされなかったものと認められ、Yには、根管の緊密な充填を実施すべき注意義務の違反があるとしました。
以上から、裁判所は上記「裁判所の認容額」の範囲で、Xの請求を認めました。その後、判決は確定しました。