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No.23「頸部硬膜外注射の後、局所麻酔剤反応により患者死亡。救急蘇生措置の過失を認め、医師を罰金刑とした一審の判断を控訴審も維持」

昭和58年2月22日大阪高等裁判所判決(業務上過失致死被告事件)

(争点)

  1. 局所麻酔剤反応発現に対する予測可能性および発現した場合に適切な蘇生措置を講ずることによる救命可能性
  2. 介助看護師に対する事前教示義務違反の有無
  3. 救急蘇生措置の事前準備義務違反の有無
  4. 局所麻酔剤反応発現後、看護師に適切な指示をし、かつ適切迅速な救急蘇生措置を講ずる義務違反の有無

(事案)

被告人A医師は、国立B病院の整形外科医長であり、患者C(当時25歳の女性)の主治医としてCの交通事故後の慢性的な鞭打症の治療にあたっていた。そして昭和44年6月27日、同月30日にそれぞれCに対してキシロカイン混合注射液の頸部硬膜外注射を施術した。

更に同年7月10日午後2時ころ、A医師はB病院内手術室において、3名の看護師(うち一人は看護師長)の介助のもとに頸部硬膜外注射を施術したが、注射終了直後、Cは突然「苦しい」「苦しい」と2回ほど叫び、みるみる顔色が変わったうえ、全身に脱力症状を生じ、脈は触知不能で血圧も測定不能であり、自発呼吸も認められず、A医師がCの頬を叩いたが意識不明であった。

看護師の一人が自分の判断で「カルニゲン(昇圧剤)を注射しましょうか」と叫んだのに対しA医師は「すぐしてくれ」と答えたが、その他には指示を全く与えなかった。看護師長は人工呼吸の準備を開始したが、麻酔器に蛇管及びマスクを接合し、A医師が酸素の流量調整をし、看護師長が麻酔器のバック操作を開始するまでに1分間を要した。

バック操作をしていた看護師長が、自発呼吸がないのにバック操作をしても無駄ではないかと考えて、気管内挿管を施術してもらうべく外科医長のD医師の応援を求めるため、バック操作をA医師にまかせて手術室を独断で離れてD医師に電話連絡をした。A医師はバック操作についで心臓マッサージを行い、再度バック操作に戻るといういわゆる単独蘇生法を実施していた。

D医師が到着後、D医師の指示でA医師は心臓マッサージを行い、D医師は平行して気管内挿管を行い、看護師に人工呼吸をさせつつ足部の切開を行い静脈を確保して点滴を実施した。

Cは心臓機能の再開はみたものの、意識は回復せず、機械による人工呼吸が続けられていたが2週間後の7月24日に死亡した。

(裁判所の判断)

局所麻酔剤反応発現に対する予測可能性および発現した場合の救命可能性

昭和44年の本件当時麻酔に従事する医師間において局所麻酔剤反応が発現する危険性については、周知の事柄に属すること、局所麻酔剤反応は、治療としては発症から約3分間ないし5分間以内に脳中枢神経系への十分な血流を再開し、同神経系に酸素欠乏を生じさせないことが肝要であって、救急蘇生措置として人工呼吸と心臓マッサージを同時並行的に患者に施す必要があること、右措置を適時に適切に実施し、脳中枢神経に乏酸素性壊死、軟化崩壊等の医学上回復不能な変化さえ発生させなければ、患者を救命し得る可能性が極めて高いことを認定。

そして、A医師が通算約2年半ほどの麻酔研修を受けており、局所麻酔剤反応が発現した場合の救急蘇生措置などの十分な知識を有していたことから、局所麻酔剤反応発現に対する予測可能性および発現した場合に適切な蘇生措置を講ずることによる救命可能性をいずれも肯定した。

介助看護師に対する事前教示義務違反の有無

本件注射はキシロカインを麻酔目的ではなく、治療のためしかも頸部硬膜外腔という脳中枢神経に直結している部位に近い危険な位置に注入するという高度な技法であって、急激に呼吸及び心臓停止などを招来するような異常反応が発現するおそれがあり、しかも事前に防止する方法は開発されていないから、発現した場合に救急蘇生措置をとって救命をはかるほかはなく、その救急蘇生措置は約3-5分間の短時間に講じられなければならず、具体的方法は人工呼吸と心臓マッサージを同時並行的に行うものであって、介助看護師と協働しなければ適切に行い得ない性質のものであることを認定。

そして、A医師が本件注射を施術するについて、その有する知識経験に基づき、介助看護師に対しあらかじめ局所麻酔剤注射に伴う異常反応が発現する場合があること及び発現した場合における対処の方法を教示すべき業務上の注意義務が認められ、A医師がこれらの義務を尽くしていなかったと判示した。

救急蘇生措置の事前準備義務違反の有無

本件救急蘇生措置には一分一秒を争う迅速性が要求されるのに対し、A医師及び介助看護師とも右措置に熟達していなかったのであるから、A医師には本件注射を手術室で行うのみでは足りず、異常反応発生の場合即刻人工呼吸を開始できるようあらかじめ麻酔器に蛇管、マスクを取り付けておくなどの準備を整えておくべき業務上の注意義務があったとし、A医師が右義務を尽くしていなかったと判示した。

局所麻酔剤反応発現後、看護師に適切な指示をし、かつ適切迅速な救急蘇生措置を講ずる義務違反の有無

本件では結局Cの心臓停止が推定される時点から血流の十分な回復まで少なくとも6分30秒を要していると認定。

A医師は約3-5分間の短時間に人工呼吸と心臓マッサージを看護師と連携して適切に行わなければならないのに、介助看護師に対し、役割分担についての適切な指示を怠り、かつ介助看護師と協働すれば人工呼吸と心臓マッサージの同時並行的な実施が可能であったのに、混乱して単独蘇生法を行ったにとどまり、そのため前記限定された時間内に血流の回復及び脳への酸素補給に失敗したという過失が認められると判示した。

結論

被告人を罰金5万円に処するとした原審の判断を維持して、被告人の控訴を棄却した。

カテゴリ: 2004年6月29日
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