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No.227「海外で両眼瞼を二重にする美容整形手術を受けた後、日本で修整手術を受けた女性患者に睫毛の外反などが生じ、希望に添わない結果が発生。開業医の説明義務違反が認められた地裁判決」

東京地裁平成9年11月11日判決判例タイムズ986号271頁

(争点)

  1. 説明義務違反の有無
  2. 損害額

(事案)

X(昭和40年生まれの女性)は、平成3年にアメリカ合衆国において、切開法により両眼瞼を二重にする美容整形手術を受けた。しかし、Xはこの手術の結果、両眼の二重の幅が広すぎ、また、特に左眼瞼の二重の幅が右眼と比して広く、左右差が出来てしまったと思い、これを直したいと考えていた。
平成5年10月23日、Xは、Yが「Yクリニック」という名称で開業している美容外科・形成外科医院(以下、Y医院という)に訪れ、Y医院受付で上記希望や手術についての予算額、手術日の希望等を概略述べ、その後「予備カウンセリング室」と呼ばれる場所で、Yの従業員であるHがXの希望等を聴き取り、「予備カウンセリング用紙」と呼ばれる書面に両眼の絵を描き、Xの希望を要約して記載した。
その後、Xは診察室に入りYの診察を受けた。
Yは前記カウンセリング用紙を手許に置いて、Xの両眼の様子を視診して特徴を記録し、Xに対し、眼瞼の二重の構造について紙を折って説明しながら、切開法による重瞼術を受けた眼瞼を再度修整するには、トータル切開法で切開し、新しい二重となるべき線を形成して、右眼の二重の幅を広く、左眼のそれを狭くすることになる旨説明した。
なお、重瞼術には身体への侵襲の度合いの異なる数種の術式(埋没法、超ミニ切開法、トータル切開法等)があり、初めて重瞼術を受ける場合には、これらの術式からの選択の余地があるが、本件のように切開法による手術の結果を修整するにはトータル切開法を行うほか途はなかった。しかし、一旦切開法による施術を受けている場合にトータル切開法を施術しても、手術後に元の状態に戻ってしまう可能性が一定程度存在し、一度の手術では希望の状態にできず、数度の手術を要する場合がある。また、トータル切開法はもともと困難な術式であるが、特に、先行手術によって眼瞼の皮膚や眼窩脂肪の欠損がある場合には、さらに施術の難度が増す。そのため、修整手術を手掛けない美容整形医師もいるがYは、これを避けることはせず、高い成功率を挙げていた。
その後、Yは、Hの描いた絵を参考にしつつ、Xから、二重の仕上がりについての希望を詳細に聴き取り、用紙に記載し、Xの両眼を開閉させながら二重のデザインを決め、手術に際して必要な手順を確認し、手術費の見積もりを出すため、費用計算用紙に手術費を記載した。
Hは、診察室から戻された前記カウンセリング用紙及び費用計算用紙を受け取り、前記カウンセリング室に戻ったXとの間で、手術費について話し合い、手術等の費用が合計53万2470円と決まった。
Hは、カウンセリング用紙に記載された「術前注意事項細目」と題する部分のうち、Yの書き込みのあるものについて、それぞれ末尾の署名欄に鉛筆で印をつけてXに示し、当該箇所に署名、押印するよう指示した。Xは記載をよく読まないまま、指示に従って各欄に署名し、印章を持参していなかったため、拇印を押した。
「術前注意事項細目」には上眼瞼の手術に共通の注意事項、トータル切開法による修整術の注意事項が記載され、それぞれについて、手術を受けても完全に左右対称にはならないこと、修整術の場合には希望どおりになるまで複数回の手術を経なければならないこともあること、その場合の費用負担の取決め、さらに、場合によっては元の二重の線に戻ることもあり、また従前の手術により皮膚が切除されていたり、瘢痕が残っていたりするときは、左右対称の結果を得ることが非常に困難であることなどの手術の限界や起こり得る合併症の危険性についても言及されていたが、Hは、これらの具体的内容について特に説明することはなかった。
同書面中の説明は、特にXに対して必要な注意事項の説明のみを摘出して記載したものではなく、説明部分に限ってみても、各種術式や蒙古ひだ形成術に関する様々な記載も同時に記載されており、また、全体としては、視診の結果やデザイン等の記載も混在していて診療録と渾然一体となっており、書式をみても、字間、行間が狭い中に、微細な文字で、多種、多様な項目にわたる一般的記述が、専門的用語も含めてぎっしりと記載されているものであり、このような書面を特別に読み慣れている者であれば別論、一般には、相当に煩瑣な印象を与える形態となっている。
本件手術を受けることを決心した以上の経過の中で、YまたはHがXに対し、本件手術をしても元に戻ることがあり、Xの望む結果が得られない危険性があることについて口頭で説明したことはなかった。
同月27日、Xは、Yの診察の後、Y医院に勤務するK医師の執刀で、トータル切開法による本件手術を受けた。
本件手術後、Xの左眼瞼の二重は、術前に定めたデザインのところに形成される様子がなく、本件手術後半年を経たころ、Yは、Xの左眼瞼の一部分について、術前の二重の状態に戻った旨の診断をし、Xに対し、保険診療によって再手術を実施する提案をしたが、Xの承諾を得られなかった。
平成8年8月の時点において、Xの両眼瞼は術前と比して二重の幅が狭くなることはなく、また、左眼の上眼瞼の皮膚が上に引っ張られるように睫毛が外反し、右眼と異なって、正面を向いても、眼球に接する粘膜と睫毛との間の皮膚が外部から見えている状態になった。
そこで、Xは、Yに対して、手術の結果が希望どおりにならなかったばかりか、眼瞼がめくれて粘膜が見える状態になったのはYの説明が不十分であったことなどによるとして、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を求めて提訴した。

(損害賠償請求額)

原告の請求額:合計656万6460円
(内訳:手術費用等56万6460円+慰謝料600万円(930万円の内金))

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:合計104万9814円
(内訳:(手術費用等56万6460円+慰謝料60万円)×0.9(=1割の過失相殺))

(裁判所の判断)

説明義務違反の有無

裁判所は、まず、生命、健康の保持等を目的とするのではなく、単に、より美しくなりたいという施術依頼者の願望に基づいて実施される美容整形手術においては、身体に対する侵襲を伴う施術を実施し得る根拠は、専ら施術依頼者の意思にあり、したがって、当該施術を行うかどうかの決定は、ひとえに依頼者自身の判断に委ねられるべきものであることから、美容整形手術の依頼者に対し、医師は、医学的に判断した当人の現在の状態、手術の難易度、その成功の可能性、手術の結果の客観的見通し、あり得べき合併症や後遺症等について十分な説明をした上で、その承諾を得る義務があると判示しました。また、この説明は、必ず口頭でされなければならないものではなく、必要な説明が記載された書面を依頼者に閲読させることによっても不可能ではないが、専門的知識を有しない通常の施術依頼者に対しては、説明を要する事項について十分な理解が得られるように、率直、かつ分かり易い説明を工夫すべきものであり、単に注意事項を列挙した書面を交付するだけで事足れりとすることはできないと判断しました。
    その上で、裁判所は、Yは、Xに本件手術の説明をするに際し、それが極めて困難な手術であって、手術の結果も術前の状態に戻ってしまう可能性があるとか、Xの希望に添うためには数度の施術を必要とする場合もあるとか、さらには、本件のような結果を生ずることもあるとかといった本件手術の危険性に関して、口頭で具体的に平易に説明することをしなかったと認定しました。
    なお、Y側がXに対して見せた書面のうち、「術前注意事項細目」について、裁判所は、本件手術の危険性を指摘しているとみることのできる部分はあるが、当該部分は、医師に必要なカルテとしての記載やXが受けた本件術式とは異なる他の各種術式等に関する記載等の間に混在しており、書式の点でも、字間、行間が狭い中に、微細な文字で、多種、多様な項目にわたる一般的記述が、専門的用語も含めてぎっしりと記載され、一般には、煩瑣な記載の羅列といった印象を与える形態となっているのであり、Hも、単に、これをXに渡して署名、押印を求めたにとどまり、他にも、Xに対する口頭での補足説明や注意喚起が特になされた形跡がないと判示しました。そして、これを受領したXは、同書面をよく読みもしないで、Hの指示した箇所に署名、指印をしたものであって、結局、Xは、本件手術の前記危険性について十分な説明を受けないまま、診察時のYの術式等の説明振り等から安心してしまい、本件手術の危険性に思い至ることなく、本件手術を依頼したものと認定しました。
    したがって裁判所は、本件においては、Xに対し、本件手術の危険性に関する説明を尽くさなかった違法があるというべきであり、Xは、右危険性の説明を受けたならば、本件手術を依頼しなかったことが認められるから、Yには本件診療契約上の債務不履行があり、本件手術の実施によってXに生じた損害を賠償する責任があると判示しました。

損害額

裁判所は、本件訴訟において原告本人尋問を行った当時のXの容貌には、社会通念上醜状があるということはできず、これを前提にしてXの慰謝料の額は60万円が相当であると判断しました。
また、Xは、Y側から、本件手術が非常に困難な手術であり、施術の結果元に戻ってしまう危険性のあること、一度の手術のみでは希望どおりにならない可能性があること等の本件手術の限界が記載された書面を見せられたにもかかわらず、これを読まずに本件手術を受けたものであり、この点は損害額の算定に当たり、Xの過失として斟酌するのが公平に適するというべきであり、その割合は、Xに生じた全損害(116万6460円)の1割とするのが相当と認定しました。
以上より、裁判所は、Xの請求を「裁判所の認容額」のとおり一部認容し、判決はその後確定しました。

カテゴリ: 2012年11月 6日
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