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No.225「肩甲難産により死亡した胎児の分娩を担当した市立病院の医師に分娩方法の選択および肩甲娩出術の施行に過失があるとされた事例」

名古屋地方裁判所平成18年6月30日判決判例タイムズ1234号148頁

(争点)

  1. 分娩方法選択の過失の有無
  2. 肩甲娩出術施行上の過失の有無

(事案)

平成11年3月4日、X1はY市が開設するY病院の産婦人科を受診し、同病院のO医師から妊娠の診断を受けた。分娩予定日は同年11月5日であった。
なお、O医師は平成元年5月に医師国家試験に合格後、医科大学大学院において医学博士号を取得し、同大学付属病院産婦人科助手を経て、平成7年7月からY病院産婦人科に勤務し、平成10年4月、同病院産婦人科部長となった。
同年10月26日午後4時ころ、X1は破水し、同日午後5時ころ、Y病院に入院した。同日の胎児の推定体重は4348グラム、X1の体重は94.8キログラム、子宮底長は43センチメートルであり、巨大児出産が、ほぼ確実視された。
O医師は、翌27日までに胎児が娩出されなければ分娩誘発を行うこと、経膣分娩を基本としながらも状況によっては帝王切開を行うこととし、その準備としてX1に絶食するよう指示した。翌、27日になってもX1に自然陣痛がないため、同日午前6時ころ午前9時ころまでの間、1時間ごとに分娩誘発剤プロスタルモンE2の内服投与を開始し、午前9時ころから、毎時60ミリリットルの速度でプロスタルモンの点滴投与が開始された。
(分娩第1期の経過)
同日午前9時30頃、X1に陣痛が開始したので、プロスタルモンの点滴が増量投与され、同日午後8時5分ころ、プロスタルモンに換えて、毎時50ミリリットルの速度でアトニンOの点滴投与が開始された。
(分娩第2期の経過)
同日午後8時50分ころ、子宮口全開大となり、X1は分娩室に入室して、自己努責(腹圧)が開始された。分娩介助にはO医師およびY病院のT医師が立ち会った。
同日午後9時50分ころ、O医師は母体の疲労から自己努責のみでは不十分と判断し、陣痛を助けるため、クリステレル圧出法(腹壁上から子宮底に手をあてて、胎児の背部を母体脊柱方向に押し、児頭を娩出する手技)を数回行った後、会陰切開の上、同手技と併せて吸引分娩(急速遂娩術の一つで、児頭に吸着させた吸引カップを牽引することにより胎児を娩出させる手技)を行った。
同日午後10時13分ころ児頭が娩出されたが、両側肩甲が娩出せず、肩甲難産となり、分娩が停止した。
O医師らは、自己努責の促し、クリステレル圧出法に加え、母体の恥骨に引っかかっている胎児の肩部に手を添えて旋回を助けるという手技を繰り返し行った。その際、カテーテルによる胎児の気道確保は行われなかった。
その後も両側肩甲が娩出しなかったことから、X1は、同日午後10時26分ころ、帝王切開の準備ため手術室に搬送された。O医師らが帝王切開の準備を待つ間、再度上記の手技による経膣分娩を促したところ、同日午後10時59分ころ、A(体重4852グラムの女児)が娩出されたが、Aは重度仮死状態であった。
Y病院医師により、蘇生措置がなされたが、同日午後11時30分、Aの死亡が確認された。
そこで、Aの両親で相続人であるX1およびX2が、O医師に吸引分娩を差し控え帝王切開を選択しなかった過失、肩甲難産が発生した際、適切な手技を行わなかった過失があるなどとして、Y市に対し民法715条に基づき損害賠償請求をした。

(損害賠償請求額)

患者遺族らの請求額:遺族(父、母)合計5456万2404円
(内訳:逸失利益1806万2405円+慰謝料3000万円+葬儀費用150万円+弁護士費用500万円。遺族が複数のため端数不一致。)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:遺族(父、母)合計3256万2404円
(内訳:逸失利益1806万2405円+慰謝料1000万円+葬儀費用150万円+弁護士費用300万円。遺族が複数のため端数不一致。)

(裁判所の判断)

分娩方法選択の過失の有無

この点について、まず、裁判所は、平成11年10月27日午後0時の段階でY病院医師に帝王切開を行う注意義務があったか否かを検討しました。
裁判所は、この時点では肩甲難産が発生する絶対的な確率は高いものではなく、その後の分娩経過に応じて帝王切開に移行することも可能であるとして、Y病院医師において同日午後0時の時点で直ちに帝王切開を行う注意義務はないとしました。
次に、裁判所は、平成11年10月27日午後9時50分の時点でY病院医師に帝王切開を選択すべき注意義務があったのかを検討しました。
裁判所は、この時点において、肩甲難産の危険因子(巨大児及び母胎肥満、陣痛促進剤の使用、分娩第2期遷延の可能性)について検討した上、同日午後9時50分の時点における児頭下降度についても検討を加え、児頭の最大周囲径は未だ中在に位置していたと認定しました。
そして、裁判所は、一旦、肩甲難産に陥った場合、児の死亡や重篤な後遺症の発生等、その予後は極めて不良であるところ、産科臨床において、その発生を予測すべく肩甲難産の危険因子が指摘されているものの、肩甲難産の発生を胎児娩出前に正確に診断する基準は確定されていないと判示しました。その上で、裁判所は、分娩管理に当たる医師としては、肩甲難産発生の可能性を予測させる因子を常に念頭におき、診療当時の臨床医学の実践における医療水準に即し、可能な診断方法を総合して、母児に対する分娩前及び分娩中における臨床上の危険因子及びその徴候を発見し、それを総合することを通じて、肩甲難産発生の可能性を予測し、これを前提とした分娩管理に努めなければならないと判示しました。
裁判所は、本件においては、平成11年10月27日午後9時50分の時点において、肩甲難産の危険因子及びその徴候が存在し、肩甲難産の発生が十分に懸念させるべき症例であったと認定しました。そして、裁判所は、Y病院医師としては、急速遂娩術として吸引分娩を選択するにしても、中在からの吸引分娩、クリステレル圧出法は差し控えて十分な児頭下降を待って行い、その結果十分な児頭下降が見られず、分娩第2期遷延ないし停止や著しい母体疲労等経膣分娩に不利になる事情が生じた場合には、帝王切開に移行するという注意義務があり、平成11年10月27日午後9時50分の時点では直ちに帝王切開をすべき義務があったものとまでは認めがたいものの、吸引分娩、クリステレル圧出法を差し控え、経過を観察すべき注意義務があったと判断しました。
その上で、裁判所は、O医師は、児頭が中在にあった同日午後9時50分ころ、漫然と単独でクリステレル圧出法を数回行った上で、同手技と併せて吸引分娩を行ったというのであるから、上記注意義務に違反すると認定しました。
Y市側は、肩甲難産は予測不可能で避けられない、巨大児、母体肥満のほか、陣痛促進剤の使用や分娩第2期の分娩停止ないし分娩遷延をもって、帝王切開の絶対的適応とする医学的根拠はない、児体重の推定には誤差があるし、肩甲難産の危険因子があったとしてもその発生頻度は低く、そのすべてについて帝王切開を選択すれば膨大な不必要な帝王切開を行うことになる、本件症例における吸引分娩開始の判断は、産道の状態、陣痛の状態、胎児の状態を総合的に判断して決めるものであり、臨床の現場における医師の裁量事項であると主張し、鑑定人も肩甲難産の可能性からの吸引分娩の適否の判断は微妙である、児頭の最大周囲部分や内診などにより骨盤形態、児頭の変形・回旋を判断して推定するもので、一律に規定できない、分娩管理をしていた医師が適と判断したものを否といえるような医学的根拠を挙げるのは困難であるとし、本件のクリステレル圧出法、吸引分娩の実施を適切であったとしました。
それに対し、裁判所は、確かに、危険因子があったとしても肩甲難産の発生頻度は低く、不必要な帝王切開を避けるべきであるとの指摘は一般論としては首肯しうるが、一旦、肩甲難産に陥ったならば、児の死亡ないし重篤な後遺症を完全に回避する術がないことに照らせば、本件のように肩甲難産の危険因子が幾重にも重なった場合、更なる危険因子の発生に繋がる事態を回避するよう努め、その後の分娩経過の如何によっては帝王切開に移行するという担当医師の注意義務を否定するまでの根拠とはならないと判示しました。
また、裁判所は、分娩機序の複雑さとその個別性に照らせば分娩方法の選択及び実施は、医師の高度の知識、経験に基づく専門的裁量に属するとはいい得るが、その裁量は全くの自由裁量ではなく、診療当時の臨床医学の実践における医療水準に即し、十分な資料の収集とそれに対する高度の知識と経験に基づく適切な評価に裏打ちされたものでなければならないと判示しました。
その上で、本件では午後9時50分の時点において、巨大児出産がほぼ確実視され、陣痛促進剤が使用されたほか、分娩第2期遷延ないし停止となるおそれがあったのであるから、担当医師は肩甲難産発生の可能性について常に念頭におき、これを前提とした分娩管理に努めなければならなかったとし、担当のO医師は、同時点において早急に急速娩出術を実施しなければならない事情も窺われないのに、肩甲難産の危険性を高める中在における吸引分娩、クリステレル圧出法を併用したというのであるから、その分娩管理において肩甲難産発生の可能性を全く念頭に置いていなかったというべきであり、結局、O医師は、その裁量を逸脱したものといわざるを得ないと判示してYの主張を採用しませんでした。

肩甲娩出術施行上の過失の有無

この点について、裁判所は、肩甲難産となった際、Y病院医師としては、胎児を速やかに娩出すべく、状況に応じて各種手技を施行すべきであり、少なくとも、胎児の気道確保及び十分な会陰切開をした上、恥骨結合上縁部の圧迫及びMcRoberts法を施行すべき注意義務があったと判示しました。
その上で、O医師及びT医師はカテーテルによる気道確保を行うことなく、自己努責の促し、クリステレル圧出法に加え、母体の恥骨に引っかかっている胎児の肩部に手を添えて旋回を助けるというWoodsのスクリュー法に相当する手技を繰り返し行ったのみで、恥骨結合上縁部の圧迫及びMcRoberts法を施行しなかったのであるから、注意義務に違反すると認定しました。
以上より、裁判所は、Xらの請求を「裁判所認定額」のとおり一部認容し、判決はその後確定しました。

カテゴリ: 2012年10月 5日
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