高松高等裁判所平成17年12月9日判決 判例タイムズ1238号256頁
(争点)
Y病院が、Xに対し、褥瘡の予防措置を実施したか否か
(事案)
X(当時38歳の女性)は、平成13年3月16日、Y医療法人の経営する病院(以下、Y病院という)の内科医であるH医師の診察を受け、麻疹及び重症の肺炎(疑い)との診断された。Xには全身麻疹、呼吸困難の症状があり、約38、39度の熱も出ていたため、そのままY病院の個室に入院した。
当時のY病院の病床数(4階)は46で、看護師12名・准看護師4名・看護助手7名の計23名で看護体制をとっており、日勤では看護師6、7名、看護助手2、3名が、夜勤では看護師2、3名、看護助手1名がおり、引き継ぎはカーデックス(患者ごとにとるべき看護措置等を記載した文書)により行っていた。平成13年当時、Y病院では、褥瘡対策として自力で動けない患者に対し、約2時間ごとの体位変換、体の清拭、タッピング(マッサージ)等を行うものとしており、体圧分散用具として、体位変換枕やエアーマットも保持していた。
XがY病院に入院後の同月19日から21日にかけて、Xは、40度を超す熱が出て、麻疹の合併症として髄膜炎が疑われた。そしてXは自力で寝返りができないようになり、発汗も多量で尿失禁もあったため、Y病院の看護師はベッドバス(ベッドの上での清拭)や寝間着の更衣を行い、尿路カテーテルの挿入(21日)を実施した。Y病院にはエアーマットも備え付けられており、有料で使用できたが、Xには使用されなかった。
Xは、同月25日、26日には、看護師と普通の会話ができる程度に回復し、熱も落ち着いてきたが、麻疹脳炎の後遺症と思われる両下肢の運動障害が生じた。
同月24日、H医師は、Xの仙骨部に褥瘡(最終的な診断はⅣ度;傷害が筋肉や腱、関節包、骨にまで及ぶ褥瘡)を見つけ、翌25日に患部にオルセノン軟膏(50g)を塗布するよう看護師に指示した。H医師は、同月27日に、右踵部の褥瘡(最終的な診断はⅡ度;真皮までにとどまる皮膚障害、すなわち水疱やびらん、浅い潰瘍)に気づき、同日、Xに、Y病院の皮膚科を受診させた。
Y病院の看護師らも、同月25日に仙骨部の褥瘡(同月29日には黒く表皮壊死した状態になった)、同月25日、26日に左踵部の褥瘡(最終的な診断はⅣ度)を発見し、仙骨部には、同月25日に外皮用剤のモーラス、ガーゼを貼り、オルセノン軟膏を塗布し、同月29日以降、ガーゼを貼り、踵部には、同月31日以降、ガーゼを貼る等の処置をした。
同月29日、H医師は、XとXの母親に両下肢の運動障害の回復のためにリハビリをする必要があることを説明し、Xは、同月31日に個室から大部屋に移り、リハビリを開始した。
同年4月1日、Xは、退院を希望したが断られ、同月7日には他の病院でリハビリを行いたい旨を述べた。そこでY病院内科のT医師は、Xに訴外A大学附属病院(以下A大学病院という)の老年病科O医師を紹介し、同月9日にO医師の診察を受けたXは、A大学病院のベッドが空き次第、同病院に転院することになった。
同月10日、T医師は、XにY病院の皮膚科を受診させた。Y病院皮膚科の医師は、Xの臀部の壊死した皮膚を切除し、外用剤であるソアナースパスタを塗布してガーゼを貼り、左踵部を包帯で保護する措置をとった後、XにA大学病院の皮膚科を紹介した。
同月12日、Xは、A病院の老年病科に転院し、両下肢の知覚、運動障害のリハビリを続け、同月13日には同病院の総合診療部で褥瘡の診察を受け、同月16日以降同部のK医師から褥瘡の治療を受けた。
A大学病院に入院した後、Xの歩行障害はリハビリにより徐々に改善し、右踵部の褥瘡は同月下旬に略治し、仙骨部の褥瘡も同年5月1日の切開手術を経て快方に向かった。Xは、同月29日にB病院に転院し、引き続き歩行障害のリハビリ(歩行訓練)、褥瘡の治療(洗浄、薬塗布)を行った。そして、仙骨部の褥瘡は同年8月21日ころに、左踵部の褥瘡は同年11月6日ころにそれぞれ略治した。
その後XはY医療法人に対し、褥瘡の発生につき診療契約上の債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償を求めて提訴し、一審はXの請求を棄却したためXが控訴した。
(損害賠償請求額)
原告の請求額:計500万円(慰謝料)
(判決による請求認容額)
裁判所の認容額:
【第一審の認容額】計0円
【控訴審の認容額】計120万円(慰謝料)
(裁判所の判断)
Y病院が、Xに対し、褥瘡の予防措置を実施したか否か
裁判所は、まず、Xが平成13年3月19日から同月24日ころまでの間、意識障害により体動がなくなり、湿潤にさらされるなどしたため、持続的圧迫やずれにより血行障害を起こし、褥瘡の好発部位である仙骨部(Ⅳ度)及び左踵部(Ⅳ度)及び右踵部(Ⅱ度)に褥瘡を発症したことが認められると判示しました。
また、Xの母の証言や認定事実を総合すると、Y病院では、Xが上記期間中褥瘡を発症しやすい状態であることを認識していたから、Xについて2時間ごとの体位変換を実施するなどして褥瘡の発症を予防すべき注意義務があったと認定しました。
Y病院側は上記期間中2時間ごとの体位変換を実施したと主張しましたが、裁判所は、診療録の看護記録には1日1、2回程度の体位変換の記載しかないこと、Y病院の看護師主任は、2時間ごとの体位変換は看護計画(引き継ぎのためのカーデックス)に記載されていたと証言したが、そのカーデックスも既に廃棄してしまっていて存在しないこと、エアーマットの使用をY病院がXの実母に勧めたが、実母が経済的負担を理由に断ったとするY病院側の主張は、Xの実母が否定していることやエアーマットの使用料が1日200円と低額であったことから、Y病院の主張を採用することはできないと指摘しました。
その上で、XがY病院に入院中、症状の最も重いⅣ度の褥瘡に罹患したが、同症状は、2時間ごとの体位変換をしていればほとんど発症しないものであること、同症状はXが意識障害を起こして体を動かすことができなかった間に発症したこと、Xの実母の証言(詳細かつ具体的でXの症状やその経過、看護師や医師らとのやり取りに関する供述はY病院の診療録との記載とも符合しており信用できる)などを総合して、Y病院の医師や看護師らはXに対し、2時間ごとの体位変換を中心とする褥瘡予防措置を実施しなかった過失があると認定しました。
そして、Y医療法人には診療契約上の債務不履行に基づく損害賠償責任があると判断しました。
以上より、控訴審裁判所は、一審の判決を変更してXの請求を控訴審認容額のとおり一部認容し、控訴審判決はその後確定しました。