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No.215「市民病院に入院した患者がMRSA敗血症を発生し、転院先の大学病院で死亡。市民病院の担当医らのMRSA感染予防を怠った過失、当該過失と死亡との因果関係を認めた高裁判決」

福岡高等裁判所平成18年9月14日判決 判例タイムズ1285号234頁

(争点)

  1. 感染経路
  2. 過失の有無

(事案)

A(死亡時21歳の女性・短大生)は、平成8年4月24日、両下肢の皮疹等を訴え、Y1市の開設するY1市民病院皮膚科を外来受診し、5月13日、同病院皮膚科に入院した。担当医師Bは、アレルギー性血管炎と診断し、レクチゾール(DDS)1日1錠の投薬を開始すると皮疹が消退したので、同月29日、AはY1市民病院を退院した。

しかし、6月4日、AがY1市民病院皮膚科外来を受診したところ、皮疹が再び出現していたため、レクチゾールの投与が1日2錠に増量された。同月24日には腹痛と下痢を訴え、顔面の紅斑や網状皮疹も出現していたことから、伝染性紅斑疑いと診断されて治療を受けた。

その後、Aは、Y1市民病院皮膚科への外来受診を継続しつつ、同月28日、肝障害のため他院に入院した。Y1市民病院の担当医であるB医師は、Aがレクチゾールの副作用であるDDS症候群(伝染性単核球症様症候群)を発症していることを疑い、レクチゾールの投与を中止させた。

7月2日、Aは他院医師の紹介で再びY1市民病院に入院した。B医師らは、診察及び他院での検査結果からAの症状はDDS症候群によるものと診断し、同日から、ステロイドホルモン剤であるプレリンデロンの投与を開始した。

その後、Aの症状は軽快と再燃を繰り返していたが、8月初めにはサイトメガロウィルス感染症が疑われ、同月12日には、急性膵炎が疑われたため、蛋白分解酵素阻害薬であるFOY(一般名メシル酸ガベキサート)の投与が開始された。さらに、Aに高サイトカイン血症が認められたため、同月14日から免疫抑制剤サンディミュン(一般名シクロスポリン)の投与が開始された。

Aは、同月28日には38度台の発熱があり、同月31日には、39.7度、9月1日には40度の発熱があり、CRP値の上昇傾向及び血小板の急激な減少傾向が出現したことから、B医師らは、Aの諸症状の原因を精査して治療する目的で、同月2日、AをY2国立大学法人の開設するY2大学病院第二内科へ転院させた。

この間、Y1市民病院では8月16日から同月31日まで、末梢血管静脈カテーテルが留置し続けられていた。

なお、B医師は、8月29日にAから採取した涙液、同月31日にAから採取した中間尿と静脈血及び同日までAに対して使用していた血管留置針(DIV針)の針先につき、それぞれ細菌培養検査を実施していたところ、その後、涙液、中間尿及びDIV針からMRSAが検出されたが、静脈血からはMRSAが検出されなかった。

Y2病院の主治医Cは、AをDDS症候群と診断し、ステロイド剤を継続して投与した。その後、9月4日、Aの体温が37度を超えたため、C医師は、サイトメガロウィルス感染を疑って抗ウィルス剤であるガンシクロビルを投与したが、同月6日、血液検査の結果、同ウィルス抗原抗体反応が陰性であったことから、同月7日ガンシクロビルの投与を中止した。9月13日、Aは39.5度の高熱を発し、白血球数の増加も認められたため、血液が採取されて細菌培養検査が実施された。同検査の結果、同月14日にグラム陽性球菌が検出されたため、C医師はMRSA感染症を疑って抗菌剤であるバンコマイシン、ハベカシンを投与して治療に当たったが、同月15日には、上記グラム陽性球菌がMRSAであることが判明した。

10月3日、Aから採取された血液検査の結果、真菌カンジタが検出されたことから、C医師は、Aに対し、抗真菌剤ジフルカンを投与し始めたが、同月4日には腎機能障害が認められた。そして、同月16日には血液細菌培養検査の結果MRSAが検出され、同月22日にMRSA肺炎と診断された。

Aは、全身状態が次第に悪化し、10月28日、集中治療室に転室して多方面からの集中的な治療が実施されたが11月26日、MRSA敗血症による多臓器不全のため死亡した。

その後、Aの遺族らX両名は、Y1Y2各病院の医師らがMRSAの感染予防対策を怠るなどしたため、Aを死亡させたとして、Y1市及びY2国立大学法人に対し、不法行為又は診療契約上の債務不履行に基づき損害賠償を求めて、訴えを提起した。

第一審裁判所は、MRSAの感染経路について、Y1市民病院において、皮疹上にMRSAが付着定着し、これがDIV針を介して血管内に侵入してMRSAに感染したところ、多量のステロイド剤の投与によって炎症がマスクされていたが、9月13日ころMRSA敗血症を発症し、Y2大学病院の治療でいったん沈静化したものの、その後、増加した皮疹上のMRSAがAの免疫機能低下によりIVHにそって血管内に侵入しMRSA敗血症を惹起し、これが最終的に多臓器不全を引き起こしてAの死亡に至ったとした。Y1市民病院B医師らの過失、過失とA死亡との因果関係を認める一方、Y2大学病院においては適切な治療が行われたとして、Y2大学病院の過失を否定した。そこで、X両名は、Y2大学病院医師らはMRSA検出前でも、MRSA投薬治療を行うべきであったとして、控訴を提起し、Y1市もY1市に対する請求を認容した部分を不服として控訴を提起した。

(損害賠償請求額)

遺族(両親)の請求額:計8717万7615円
(内訳:患者の慰謝料327万円+逸失利益4683万2000円+治療費176万7615円+葬儀費120万円+遺族両名固有の慰謝料2000万円+弁護士費用1410万8000円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:
【第一審の認容額】計7096万8218円
(内訳:患者の慰謝料130万円+逸失利益4557万7014円+治療費49万1204円+葬儀費120万円+遺族両名固有の慰謝料1600万円+弁護士費用640万円)

【控訴審の認容額】計7096万8218円(第一審と同様、Y2国立大学法人に対する請求分は棄却。その他の内訳も変更無し)

(裁判所の判断)

感染経路

裁判所は、Y2大学病院においてIVHが挿入された9月14日以前の段階に、Aの血液からMRSAが検出されていること、医師の見解等から、Y2大学病院でIVHが挿入された時点において、AはMRSAを保菌していたのみならず、既にMRSA感染の起炎菌を有していたと認定しました。

そして、Y2大学病院は易感染者を対象としているため、厳重な院内感染予防策が取られていたうえ、IVHが挿入される以前にY2大学病院においてAがMRSAに感染した事実を窺わせる証拠はないことからすれば、Y1市民病院においてMRSAがDIV針に沿ってAの身体に侵入し、これがMRSA敗血症の起炎菌となったものと推認するのが相当であると判示し、その後、上記MRSAとは別にY2大学病院においてIVHに沿ってMRSAが侵入していたとしても、AのMRSA敗血症は、上記各MRSAが起因MRSAとなっていたものと考えるのが自然であると判断しました。

過失の有無
(1)Y1市民病院について

控訴審裁判所は、交換を伴わない末梢血管カテーテルの長期間にわたる留置はMRSAの感染原因となる蓋然性が高いとした上で、遅くとも96時間毎にAのカテーテルを交換すべき義務を負っていたと判示し、Y1市の過失を認めました。

(2)Y2大学病院について

控訴審裁判所は、Aがサイトメガロウィルスに感染していたという事実から、MRSAに感染している事実まで予測すべきであったということには飛躍があり、C医師がAの転院時にMRSAの感染を予見していなかったことに、過失は認められないと判示しました。また、Y1市民病院のDIV針からMRSAが検出された事実からすれば、Y2大学病院においてもMRSAの検査を行うことが望ましかったということができるにしても、AはMRSAを保菌しているにとどまっている可能性もあったのであるから、検出された事実のみをもってAがMRSAに感染している事実まで予見すべきであったということはできないと判断し、Y2大学病院における9月13日以降の一般的MRSA感染予防対策は十分であり、皮膚定着MRSAについてもイソジン清拭などの対策がとられており、Y2大学病院が清潔を保持すべき義務に違反したものとは認められないとして、Y2大学病院の過失を否定しました。

以上から、控訴審裁判所はX両名、Y1市の控訴をいずれも棄却し、その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2012年5月16日
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