大阪地方裁判所堺支部平成13年12月19日 判例タイムズ1189号298頁
(争点)
- MRSAの感染経路および感染原因
- Y1病院の責任の有無(感染防止義務違反)
(事案)
X(昭和30年5月21日生の男性)は、平成5年1月18日交通事故に遭い、Y1医療法人の運営するY1病院(以下Y病院)を受診したところ、頸椎捻挫、両膝打撲、頭部裂創および外傷性腰椎椎間板ヘルニア(第4及び第5腰椎)と診断され入院した。
同年2月17日、Xは、Y病院を退院し、同月19日からはY病院のペインクリニック(麻酔科)において硬膜外ブロックの施行を受けたが腰痛は軽快しなかった。同年6月14日、Xは、検査目的でY病院に再入院し、脊髄造影検査およびCT検査の結果、腰椎椎間板ヘルニア(第4及び第5)と診断され、右坐骨神経痛等が認められたため、Y病院に勤務していたY2医師は、同年7月1日、Xに対し、腰椎椎間板ヘルニア摘出手術を施行した。Xは同年8月25日にY病院を退院した。
同年8月30日から、Xは、Y病院で通院治療を受けたが、疼痛が持続しため、同年11月15日からペインクリニックにて硬膜外ブロック療法を受けた。
平成6年5月12日、MRI検査の結果、Xに腰椎椎間板ヘルニアの再発が認められた。Y2医師は、Xに再手術の必要性について説明したが、Xは再手術を希望しなかったため、平成6年6月28日、症状固定とした。なお症状固定後も被告病院ペインクリニック硬膜外ブロックを中心とする保存的療法を継続した。
同年12月12日、Xは、Y病院の麻酔科に再入院し、麻酔科のA医師より治療の説明を受けた。同日、Xに対し、麻酔薬注入用カテーテルの先端部が硬膜外腔に位置するようにカテーテルが留置され、持続的硬膜外ブロック治療が開始された。麻酔薬の注入は当初看護師が行っていたが、Xが痛みを訴えたので、A医師は消毒方法等の説明をしたうえ、Xに自己注入の許可をした。その後、Xはペインクリニックを受診しているが、(同年12月13日から翌平成7年1月4日の間に10回)その際、A医師による器具等の消毒を受けていた。
平成6年12月27日、A医師は、Xの硬膜外カテーテルにバクスター・インフューザー(携帯型持続吸入器)を接続した。同バクスター・インフューザーは、平成7年1月7日まで薬液を再充填して使用された。再充填に際しては、A医師または看護師が病室でコネクター部分を1度外し、キャップを付けた上、フューザー側を詰所に持ち帰り、薬液を充填して病室に持ち帰り、再度コネクターに接続していた。平成7年1月7日、A医師は、Xに設置されたバクスター・インフューザーから液漏れが認められたことから交換した。
平成7年1月8日、Xに38.4度の発熱が認められた。平成7年1月9日、Xの硬膜外カテーテルの刺入部に少量の膿が認められたので、硬膜外膿腫の鑑別診断をするため、カテーテルを抜去し、細菌培養検査に出した。翌10日、Xに対し、MRI検査及び生化学検査が実施された。MRI検査の結果、腰部三椎間(第3ないし第5)に腰椎硬膜外膿瘍が認められ、細菌培養検査の結果、カテーテル先端部についてはグラム陽性球菌(MRSA)が検出された。
平成7年1月15日、Y2医師を執刀医として、Xに対し、第3ないし第5腰椎の椎弓切除術、ヘルニア摘出術及び持続洗浄術が施行された。
同年8月11日、Xに突然の発熱及び極端な血圧上昇が認められたことから、解熱鎮痛剤を投与したが、解熱せず、ほどなく肝機能上昇、CRP10.4、低血圧などショック症状が認められた。翌12日、Xは、訴外B大学病院救急部に転院し精査加療を受けたが、発熱等の原因部位、病因は不明であった。同月21日にY病院に再び入院し、ペインクリニックにて局所注射を中心とする療法を受けた。
平成8年1月31日午後2時30分頃、他の患者からXの様子がおかしいとの報告があり、Y2医師がXを診察したところ、Xの視線は定まらず、酩酊状態、見当識障害、低血圧、傾眠傾向が認められた。翌2月1日には、Xが左手に注射器を持ち、自らの右手背静脈を穿刺しているのをY2医師が見かけたことから、これを制止した。
平成8年2月7日、Xは、Y病院を退院し、翌9年2月25日症状固定した。XはY1医療法人及びY2医師に対し、損害賠償請求を提起した。
(損害賠償請求額)
患者の請求額:7970万2017円
(内訳:入院雑費54万800円+逸失利益7222万6017円+慰謝料1400万円(後遺障害慰謝料1150万円+入通院慰謝料250万円)−既払分の控除1406万4800円(既払額から通院実費と入院雑費を控除した額1276 万4800円+自賠責保険金130万円)+弁護士費用700万円)
(判決による請求認容額)
裁判所の認容額:1556万5068円
(内訳:入院雑費49万4000円+逸失利益2043万5868円+慰謝料730万円(後遺障害慰謝料480万円+入通院慰謝料250万円)−損益相殺1406万4800円(和解契約書記載の金額から通院実費と入院雑費を控除した額1276 万4800円+自賠責保険金130万円)+弁護士費用140万円)
(裁判所の判断)
MRSAの感染経路および感染原因
(1)MRSAの感染経路
この点について、裁判所は、硬膜外腔への病原菌の侵入経路については複数考えられるが、平成6年12月12日にカテーテルを留置してから、平成7年1月8日に硬膜外膿瘍の症状であると思われる発熱が認められるまで27日間が経過していること、A医師らが適切な方法により頻回に刺入部を消毒していること、硬膜外膿瘍の発症部位の近隣に感染巣が認められないことに加え、平成7年1月9日の細菌培養検査の結果、同月14日に至ってカテーテル先端部からMRSAが検出されたことが明らかとなったこと、Y2医師が硬膜外カテーテルが原因である可能性が8割程度である旨述べていることをも併せ検討すると、薬液注入時のカテーテル内腔からの汚染が本件におけるMRSAの侵入経路であると推認するのが相当であると判示しました。
(2)MRSAの感染原因
この点について、裁判所は、平成6年12月27日から平成7年1月7日までの間、バクスター・インフューザーに薬液を再充填され、繰り返し使用されていたところ、バクスター・インフューザーの取扱説明書には「警告」として、再充填・再滅菌は行わず、1回限りの使用後、廃棄する旨の記載があり、「警告」の記載の趣旨が、バクスター・インフューザーが使い捨て用の製品であり、2回目以降の使用に対する性能及び品質の保証をしかねるとともに、再充填、再滅菌に際して細菌感染等の汚染の可能性もあること及び証拠上、Y1病院において薬液の再充填の際、滅菌処理を実施したことが窺われないこと等から、バクスター・インフェーザーを繰り返し使用したことにより、MRSAが薬液内に混入し、XがMRSAに感染したと推認するのが相当であるとしました。
Y1病院の責任の有無(感染防止義務違反)
この点について、裁判所は、Y1病院の医師及び看護師が、Xに対する持続硬膜外ブロック療法に際し、使い捨て用の器具であるバクスター・インフューザーを繰り返し使用したことが、取扱説明書の「警告」の記載に反するものであり、同「警告」の趣旨が同製品は使い捨て用の製品であり、2回目以降の使用に対する性能および品質の保証をしかねるとともに、再充填、再滅菌に際して細菌感染等の汚染の可能性もあると明確に指摘していることからすると、Y1病院の医師及び看護師によるバクスター・インフューザーの用法は、適正を欠き、感染防止義務に違反すると判示しました。
さらに、裁判所は、バクスター・インフェーザーが保険の適用対象外であったことから、仮に、実態として多くの医療機関で再使用がされていたとしても、人の生命・身体・健康を取り扱う医療機関は医療機器の取扱説明書に準拠した適正な使用をするべきであり、かかる実態が存在するからといって、医師らが感染防止義務違反を免れることはないと判示しました。
以上のことから、裁判所はXのY1法人に対する請求を、上記【裁判所の認容額】記載のとおり一部認容しました。また、Xは平成7年1月15日の手術についてのY2医師の説明義務違反を理由とする損害賠償の請求も行っていましたが、裁判所はY2医師に説明義務違反はないと判断し、Y1法人及びY2医師に対する説明義務違反を理由とする損害賠償請求を棄却しました。
判決はその後確定しました。