平成15年 1月29日 広島高等裁判所松江支部判決(損害賠償請求事件)
(争点)
- 病院医師の注意義務違反の有無
- 注意義務違反と左足関節部切断との間の因果関係
- 過失相殺
(事案)
平成8年1月8日、原告・被控訴人である患者X(昭和10年生まれの男性)が、被告・控訴人(外科専門の診療所を開設している医療法人)であるY医院でA医師(Y医院の代表者理事長)の診察を受け、左足指の糖尿病性壊疽との診断を受けた。そしてXは1月中のほぼ毎日、Y医院に通院し、包帯の交換、抗生剤及び血糖降下剤の投薬、血糖値の検査等の治療を受けたが、インスリンの投与や左足部のエックス線撮影検査は受けなかった。
Xは2月1日に他院を受診し、エックス線撮影の結果、骨破壊があり骨髄炎を起こしているため足部切断手術が必要と診断された。
その後Xは当該他院に入院し、足指の切除手術及び左足関節部の切断手術を受けた。Xは左足のくるぶしから先を切除されたため、身体障害者手帳(第2種5級)の交付を受けた。
(損害賠償請求額)
患者請求額(1審)2258万1549円
内訳:逸失利益958万1549円+後遺障害慰謝料1100万円+弁護士費用200万円
(判決による請求認容額)
松江地方裁判所(1審)が認めた額 1604万9896円
内訳:(逸失利益931万2370円+後遺障害慰謝料900万円)×0.8(過失相殺分)
=1464万9896円+弁護士費用140万円
広島高裁松江支部(2審)が認めた額 1208万7422円
内訳:(逸失利益931万2370円+後遺障害慰謝料900万円)×0.6(過失相殺分)
=1098万7422円+弁護士費用110万円
(裁判所の判断)
注意義務違反(過失)の有無
糖尿病性足壊疽の治療を行う医師としては、壊死組織の細菌感染から、発赤や腫脹等がなくとも、見かけ以上に細菌感染が深部に容易に進行し、骨髄炎等重篤な症状に至って足指やさらにその上部の切断を余儀なくされる可能性を考慮にいれつつ、慎重に患者の容態ないし壊死組織の状態の変化等を観察し、細菌感染の進行が疑われたならば、これに対する適切な措置を講じて、重篤な症状に至ることを予防すべき注意義務を負うと判示。
Y医院での初診時において、Xの左足尖部は、第1足指が黒く変色し、第4、第5足指の腱と思われる部分が露出するなどし、創液浸潤があったし、当日ないし翌日実施した検査の結果血糖値が測定不能で白血球の数も通常の約2倍もあったこと、1月24日の検査でのヘモグロビンA1Cの値(13.5パーセント、基準範囲は4.3ないし5.8パーセント)からその約1か月くらい前からの血糖値も恒常的に高かったことが窺われることなど、Xの左足尖部はかなり深部まで細菌感染が進行していることを疑わせる症状が出現していたのであるから、A医師としては、前記のような重篤な症状に至る可能性を考慮して、細菌感染の進行の程度、特に骨髄炎の有無等を確認するためエックス線撮影を実施し、血糖値を下げるとともに免疫力を強化してさらなる感染を防御するためインスリンを使用し、また、局所の安静・免荷を強力に指導するなどして、細菌感染による重篤な症状に至ることを予防すべき注意義務があったと認定。
エックス線撮影を実施せず、インスリンの投与もせず、局所の安静・免荷についても十分な指導をしなかったA医師には過失があったと判示。
因果関係
A医師に上記のような注意義務違反がなければ、初診時の段階で仮に既に骨髄炎が発生していたとしても、本件のような左足関節部までの切断は回避することが可能であったとして、A医師の過失とXの左足関節部までの切断との間には相当因果関係があると認定。
損害(過失相殺)
糖尿病性壊疽は血糖コントロールの不良な比較的高齢の糖尿病患者に発症することが多い、糖尿病の最終段階に発症する合併症といえるものであるところ、Xのこれまでの長年にわたる糖尿病歴、Y医院での初診時の症状、容態等にかんがみると、A医師による適切な診療を受けたとしても、少なくとも足指の切断を免れなかった可能性も全く否定できないこと、Xは、1月17日ころから、左足に若干痛みが出始め、それを庇って不自然な歩き方をするようになり、また、ときどき熱が出て寒気がするようになったが、そのことをA医師に告げることがなかったこと等の事情が認められ、これらの事情は損害賠償法の基礎にある公平の原則に立脚すると被害者側の事情として考慮すべきであるとし、その他本件にあらわれた諸般の事情を総合勘案し、過失相殺の法理を適用ないし類推適用して、Xの損害額からその4割を減額すべきものと認めるのが相当であると判示した。