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No.204「精神病院に通院していた患者が他の精神病院に入院したが、入院の約5時間後の深夜に自殺。両病院の責任を認め、損害賠償の責任の範囲を別々に認めた高裁判決」

東京高等裁判所 平成13年7月19日判決 判例タイムズ1107号266頁

(争点)

  1. Y1病院の責任
  2. Y2病院の責任

(事案)

A(自営業・30代男性)が、ひどい頭痛と肩こりのため、平成5年2月8日にY1社会福祉法人が経営するY1病院精神科を訪れた。Y1病院のH医師は、当初は神経症と診断し、これに即した投薬治療を行ったが、通院約1年2ヶ月後には、精神運動抑制が出てきたと判断してうつ病を疑い、そのための投薬を行ったものの、容易に軽快したことから、うつ病の疑念を打ち消し、心因反応的な症状あるいは神経症という診断に傾斜していき、投薬処方も抗うつ剤を減量した。

他方、Aの妻であるX1は、平成6年6、7月ころから、Aの症状が目に見えてひどくなり、タオルやベルトを首に回して自殺を試みるような行為をしようとしたので不安になり、8月1日、Y1病院に赴き、Aが自殺をするような行為をし、死にたいと言っていたことを話し「入院できませんか。」と尋ねたが、H医師は、Aが自殺を試みるような行為によって生じた傷がないことを聞いた上で、深刻な状況にないと感じ、X1も直ちに入院の手だてをとろうとはしなかったため、薬を2週間分処方するにとどまった。

その後、8月2日には、Aは、Aの母親と子供2人が見ている前で包丁を持ち出し自殺しようとしたので、母親が制止した。

8月6日、Aは自己の状態が病気であると思い、H医師に電話をかけ入院治療を希望したが、H医師はY1病院には精神科の入院設備がないと言ってこれを断った。

そこでAは、実兄が精神病で入院したことのあるY2病院に相談したところ、紹介状があれば入院できるとのことであったので、H医師に書いてもらった紹介状を持参して、同日、Y2病院を訪れ、入院治療を希望した。その際、Aを診察したI医師は、うつ病と診断して入院治療を行うことにしたが、Aは入院生活の説明を聞いているうちに嫌気がさし、入院を拒絶したため、そのまま帰宅した。しかし、同日午後7時ころ、自宅で刃物を持ち出して錯乱状態になり、Y1病院の救急外来を受診した。Aは8月8日には電話でH医師に入院を拒絶した理由を述べた。8月11日ころから、AはX1の首を締める、包丁を取り出すといった行動が見られるようになり、翌12日、通院を嫌がったAに代わって薬をもらいにX1がY1病院を訪れ、H医師に対してAの近況を報告した。H医師は、X1に対して、Aはうつ病や分裂病といった精神病ではなく、神経症で性格的な問題による症状が出ていること、病気ではないから薬による治療の効果はあまりないこと等を説明した。8月27日にもAに代わってX1が来院し、H医師は前回までと同様の薬を処方した。

9月3日、X1とAの母親がAに代わってY1病院に来院し、H医師に、Aが前夜、包丁を持ち出して襖を突き刺し、自分の首を包丁で刺す格好をした等と報告したところ、H医師はAをヒステリー人格及びヒステリー症状と診断されること等をX1に説明した。

9月6日以降、X1は、Aの様子がますますおかしくなり、本当に自殺をするのではないかと危惧を抱き、実家の父親を呼び寄せたが、Aは父親にも暴力を振るう状況であった。9月11日、X1と父親は、朝早くY2病院を訪ね、Aの入院治療を依頼したが、本人を同行していないこともあり入院手続を拒否されたため、今度は同日午前中にAを伴ってY2病院を訪れたが、AはI医師に失礼な態度をとり、入院したくないと言ったので、I医師はAを帰宅させた。帰宅後Aはビールを飲み、半狂乱状態になったため、X1は、Aの仕事上の提携会社の知人など2人を呼び寄せてAを制止してもらうとともに、同日午後5時半ころ、知人とともに三たびY2病院を訪れ入院治療を希望した。

I医師は精神分裂病を疑い、「不穏」(精神的にいらいらして落ち着かない興奮状態にあること)を理由に、Aを入院させて隔離室に収容することとし、看護師に対し、精神神経安定剤であるセレネース、アキネトン、レポトミンの注射を指示した。Aは午後6時30分ころ隔離室(保護室)に入り、看護師から上記注射を受けた。

Aは15分おきに「ここから出たい。」などと叫びながら隔離室の扉を強く連打するなどしたため、その度ごとに看護師や看護助手が巡回し説得して静まらせた。

しかし、Aの状態が収まらなかったため、午後9時30分ころ、看護師がI医師に指示を仰いだところ、I医師は催眠鎮静剤であるイソミタールの筋肉注射を指示し、指示通りの注射が行われた。

Aは、看護師が午後11時15分ころに巡回した際にはようやく静かになり、扉に背を向け布団の上に座って静かにしていた。

しかし、看護師が11時45分ころ巡回して隔離室を見にいったところ、Aが着用していたTシャツを脱いで扉の「のぞき窓」の鉄格子にくくりつけ首をつっているのを発見し、看護助手を呼び、Aを床に横たえ心臓マッサージと人工呼吸を行ったが、既に心肺停止状態で手指にチアノーゼが出ており、間もなく到着したI医師によっても心肺蘇生に至らなかったため、I医師は最初にAの状態を確認した午後11時50分をAの死亡時刻として診療録に記載した。

その後、Aの妻X1と子X2、X3、X4が、Y1病院に対しては、Aの疾患はうつ病であったにもかかわらず、H医師が診断を誤り、うつ病治療に必要な治療をせずにAを自殺するに至らしめたと主張し、Y2病院に対しては、Aに自殺念慮があり自殺の予見可能性があったにもかかわらず、I医師は自殺を予防する措置をとることなくAを自殺に至らしめたと主張して、診療契約上の債務不履行責任に基づく損害賠償を求めて訴えを提起した。

第一審は、各医師の診療過誤とAの自殺との間に相当因果関係を認めたが、Yらの不真正の連帯責任を否定し、Aの素因とY1及びY2の各責任割合を2対5対3であると判断して、X1らの請求を一部認容した。これに対し、Y1、Y2が控訴し、X1らが附帯控訴をした。

(損害賠償請求額)

遺族の請求額:4名(妻、子供3人)合計1億4867万0709円 (内訳不明)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:
【第一審の認容額】:遺族合計5554万5672円
Y1病院の遺族4名に対する賠償額合計:2721万6046円
Y2病院の遺族4名に対する賠償額合計:2832万9626円

【控訴審の認容額】:遺族合計7351万7466円
Y1病院の遺族4名に対する賠償額合計:660万円
(内訳:患者の慰謝料600万円+弁護士費用60万円)
Y2病院の遺族4名に対する賠償額合計:6691万7466円
(内訳:逸失利益4107万7469円+葬儀費用84万円+患者の慰謝料1200万円+遺族固有の慰謝料700万円+弁護士費用600万円を遺族の法定相続分で按分したため、端数不一致)

(裁判所の判断)

Y1病院の責任

裁判所は、まず、Y1病院のH医師が下したAがヒステリー性格及びヒステリー症状であるという心因反応的症状あるいは神経症であるとの診断は、その方法が適切な診断方法によるものではなく、安易な疾病診断であったということができ、誤診の余地があり、そのために疾病の具体的状況に応じた適切な治療を施す機会を失わせた可能性があるから、Aに対する診療契約上の義務を誠実に尽くしておらず、債務不履行にあたると判断しました。

そして、裁判所は、AのY2病院での自殺が、Y1との診療契約関係が断絶した後の事故であり、H医師の債務不履行の結果として発生したものとはいえないから、自殺とY1の債務不履行との間には相当因果関係があるということはできないとしました。しかし、少なくとも、H医師がAの自殺の危険性を察知し、適切な治療方法等をとっていれば、自殺に至らなかった可能性があると判断しました。そして、医師の債務不履行がなければ、患者が自殺しなかった可能性があれば、医師は患者がその可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき債務不履行責任を負うと解されると判示し、X1らは、Y1に対して、診療契約上の債務不履行として、Aが自殺しなかった可能性の利益を侵害された損害につき、慰謝料の請求権を有するものと解するのが相当であると判断しました。

Y2病院の責任

裁判所は、まず、X1らが自殺の危険を防止するために入院措置を望んでY2病院との診療契約を締結したと認められることから、Y2病院にAの自殺の防止を図るべき診療契約上の義務があると判示しました。

そして、事実経過に照らし、AがY2病院への入院について内心は忌避したい気持ちを持っていたことが推認されること、隔離室に拘束されたAがドアを連打するなどの処遇に対する不従順な態度を採っていたのに、約4時間看護師らによる説得・投薬で本人に忍耐を強要した行為がAの屈辱感、挫折感、不安感を抱かせたと容易に推認することができること、数日前からの家庭でのAの言動等に照らせば、当時のAにはある程度の自殺念慮があったと認められるし、これを予見することもできたと認定しました。そして、翌日以降の診断及び経過観察によって適切な治療対策を立てるまでは、隔離室においてAの安全を確保し、その自殺を防止することが当面の第一次的課題であったということができ、Aに対する投薬処方だけに止まらず、自殺衝動を抑制するに至る身体抑圧の措置をとるか、監視の度合を強化することによって、Aの自殺を防止すべき義務がY2病院にはあったと判示しました。

その上で、裁判所は、Y2病院は、午後11時15分ころから11時45分ころまでの巡回を怠り、Aの顔の表情等の観察による意識の動勢の探知を怠ったものであるから、Y2病院には、Aの自殺の危険性に対してこれを認識し、その自殺という結果を回避する義務を尽くしていなかったと判断し、Y2の責任を認めました。

ただし、A自身の落ち度、素因、X1側の事情を斟酌し、民法418条(過失相殺)を適用ないし準用して、Aの死亡による損害の3割を減額し、Y2の責任の範囲を7割と認定しました。

Y1、Y2は上告受理申立をしましたが、平成16年1月30日に不受理決定がなされて判決が確定しました。

カテゴリ: 2011年12月13日
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