東京地方裁判所平成13年7月5日判決 判例タイムズ1131号217頁
(争点)
- 患児Aが死亡するに至った原因
- 医師の過失の有無
(事案)
A(死亡当時4ヶ月の乳児)は、平成6年7月21日に学校法人Yが開設、経営するY大学医学部附属病院(Y病院)において出生(妊娠39週3日、出生時体重2195グラム)した。Aの母が当時42歳という高齢での初産であったため母の希望により予定帝王切開の方法が用いられた。
出生直後、Aに心雑音が認められたので、同日午後3時ころ、Y病院小児科のB医師が診察したところ、Aには明らかな心雑音及びチアノーゼが認められた。その後、心エコー検査を行いファロー四徴症が最も疑われると診断されたため、AはY病院小児科に入院し、N医師及びK医師が担当医となった。
同年11月1日、N医師らは、Aの症状に鑑み、手術が必要であると判断し、同月9日、N医師及びK医師は、Y病院心臓血管外科へAの手術依頼をした。この依頼を受け、S医師(Y病院心臓血管外科の医師)は、Aを診察の上、ファロー四徴症極型で早期の短絡手術が必要と判断した。
同月25日午前8時30分すぎに、Aが手術室に入室した。麻酔科の担当医U医師は、麻酔導入の結果自発呼吸の消失したAに気管内チューブを用いた人工換気を行うため、気管内チューブの気管挿入を試みた(第1回挿管)、U医師は気管内チューブが気管内に挿入されていると判断し、チューブの固定を始めた。その後、Aの動脈血酸素飽和度および心拍数が低下したので、U医師はいったん気管内チューブを抜去し、フェイスマスクで人工換気などしたところ、これによってAの動脈血酸素飽和度および心拍数は改善した。
そこで、U医師は、動脈血酸素飽和度や心拍数の低下を一過性のものであると判断し、再度気管内挿管(第2回挿管)を行ったが、その直後、Aの動脈血飽和度と心拍数が再び低下した。
U医師は再度、フェイスマスクによる人工換気を行おうとして気管内チューブを抜去しようとしたが、強い抵抗があり管を抜くことができなかった。
U医師は喉頭痙攣や気管支痙攣を疑い、気管内チューブを無理に抜去せずに、マスキュラックス、コハク酸ヒドロコルチゾンナトリウム、硫酸アトロピンの点滴静注を行ったところ、心拍数が少し改善し、気管内チューブを少し動かしても抵抗がなくなった。
しかし、間もなく心拍数が低下したため、U医師は午前9時15分ころ硫酸アトロピン0.05ミリグラムを5回続けて投与し、パルクスの点滴静注を開始したが、心拍数は改善しなかった。
そこで、イソプレテレノールの投与を行ったが、心拍数の改善は認められず、午前9時19分ころには動脈管短絡音も聴取することができなくなったことから、午前9時20分ころから体外心マッサージを開始した。その後循環作動薬の投与、心マッサージ、調節呼吸、人工呼吸等を行ったが、同日午後1時3分、Aの死亡が確認された。なお、死因究明のための解剖は行われていない。
Aの母はその後死亡し、Aの母の相続人は夫(Aの父)と母(Aの祖母)である。
Aの父とAの祖母は、Aの死亡はY病院の医師の過失によるものであるとして、Yに対し債務不履行責任ないし不法行為責任(使用者責任)に基づき損害賠償訴訟を提起した。
(損害賠償請求額)
遺族(患児の父親及び母親の相続人である祖母の両名)の請求額:合計7699万円
(内訳:患児の逸失利益5171万9850円+患児の慰謝料2000万円+遺族固有の慰謝料2000万円+弁護士費用計700万円。内訳の合計額と遺族の合計請求額が合わない理由は、判決文からは明らかではないが、遺族が損害の一部についてのみ請求したためと思われる。)
(判決による請求認容額)
裁判所の認容額:合計4462万4515円
(内訳:患児の逸失利益2062万4516円+患児の慰謝料1400万円+遺族固有の慰謝料600万円+弁護士費用計400万円)
(裁判所の判断)
Aが死亡するに至った原因
この点につき、裁判所は、本件第1回挿管後に生じた動脈血酸素飽和度の低下などのストレスや本件第2回挿管による刺激、ストレスにより、Aは、第2回挿管直後に動脈管が閉鎖し、それにより動脈血酸素飽和度が低下して低酸素血症に陥り、心収縮力が低下して心原性ショックが生じ、心臓が停止し、死亡するに至ったものと推認されると判示しました。
医師の過失の有無
裁判所は、まず、平成6年10月下旬以降、Aの動脈管は閉鎖傾向にあったこと、そもそも動脈管は解剖学的に生後3ヶ月くらいまでに閉じてしまうと言われている不安定なものであり、Aの月齢も3ヶ月になっていたことからすると、同年10月下旬ころ以降、Y病院医師においてはAの動脈菅が刺激、ストレス等で完全閉鎖する危険性があることを予見することが充分可能であったというべきであると判示しました。
その上で、Y病院の担当医師には、本件手術による刺激ないしストレスによりAの動脈管が完全に閉鎖されることを予見して、このような動脈管閉鎖を防ぐため、術前予防的にパルクスの点滴静注を行い、更には、手術中における動脈管閉鎖などの危険に備えて手術開始当初から体外式心肺補助装置を用いるか、あるいはいつでも迅速に体外式心肺補助装置を用いることができる準備をして手術に臨むべきであったのにもかかわらず、かかる措置をとることを怠ったものであり、その結果として、本件第2回挿管後に動脈管閉鎖が生じた、ないしは動脈管閉鎖に対して適切な対応をとることができず、Aを死亡に至らしめたとして、医師の過失を認定しました。
以上から、裁判所は、医師の過失に関するAの遺族の主張を認め、上記【裁判所の認容額】記載の損害賠償をYに命じました。その後、判決は確定しました。