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No.20「看護師の誤薬投与による死亡事故。医師法上の警察への届出義務は合憲として、都立病院院長に対する医師法違反の有罪判決を最高裁も維持」

平成16年4月13日最高裁判所第三法廷判決(医師法違反、虚偽有印公文書作成、同行使被告事件)

(争点)

  1. 医師法21条は、当該死体が自己の診療していた患者のものであるときにも、適用されるか
  2. 死体を検案して異常を認めた医師が、その死因等につき診療行為における業務上過失致死等の罪責を問われるおそれがある場合にも、医師法21条の届出義務を負うとすることは、自己に不利益な供述を拒否できる旨定めている憲法38条1項に違反するか

(事案)

患者A(女性、当時58歳)は、関節リウマチ治療のため、甲都立病院に入院して主治医である整形外科の医師の執刀により、左中指滑膜切除手術を受けた。手術は無事に終了し、術後の経過は良好であった。ところが、平成11年2月11日午前9時ころ、看護師らが、患者Aに対し、抗生剤の点滴後に行うヘパロック、すなわち、本来は留置針の周辺で血液が凝固するのを防ぐため、血液凝固防止剤であるヘパリンナトリウム生理食塩水(以下へパ生という)を点滴器具に注入して管内に滞留させ、注入口をロックする措置を行うべきところ、他の入院患者に対して使用する消毒液ヒビテングルコネート液をヘパ生と取り違えて用いたため、患者Aの容態が急変し、同日午前10時44分死亡した。

翌2月12日朝、被告人(甲都立病院の院長)、副院長2名、事務局長、医事課長、庶務課長、看護部長、看護科長及び看護副科長による対策会議が開かれ、事故について警察に届け出ることにいったんは決定した。しかし、病院の監督官庁である東京都衛生局病院事業部に相談したところ、同部の副参事から消極的意見が出たため、警察への届出をしないまま、同日午後1時ころ、病理解剖が行われた。このとき、解剖に協力した病理医から、解剖の前に、警察ないし監察医務院へ連絡することを提案されたが、被告人は病理解剖をさせた。さらに、病理解剖後、被告人は解剖に立ち会った医師からポラロイド写真を見せられて、死体に異状(右腕静脈に沿った赤い色素沈着)があるとの報告を受ける等したが、被告人は警察へ届出をしないとの判断を変えなかった(結局、警察への届出がなされたのは、2月22日である)。

*なお、被告人については、主治医との共謀による医師法上の届出義務違反(上記事案)のほかに、患者Aの死亡診断書及び死亡証明書の作成・交付に際し、主治医らと共謀して死因を「病死」とした点についても、虚偽有印公文書作成・同行使罪で起訴され、有罪を認定されていますが、最高裁判決の中では争点として取り上げられていませんので、この部分についての事案の詳細は省略します。

参考
 第二審 平成15年5月19日東京高等裁判所判決
 第一審 平成13年8月30日東京地方裁判所判決

参照条文
<医師法21条>
 医師は、死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、二十四時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。
<憲法38条1項>
 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。

(裁判所の判断)

医師法21条の解釈

医師法21条にいう死体の「検案」とは、医師が死因等を判定するために死体の外表を検査することをいい、当該死体が自己の診療していた患者のものであるか否かを問わないと解するのが相当と判示しました。

医師法21条と憲法38条1項について

医師法21条の届出義務は、警察官が犯罪捜査の端緒を得ることを容易にするほか、場合によっては、警察官が緊急に被害の拡大防止措置を講ずるなどして、社会防衛を図ることを可能にするという役割をも担った行政手続上の義務と解されると判示。

そして、異状死体は人の死亡を伴う重い犯罪にかかわる可能性があるから、いずれの役割においても、本件届出義務の公益上の必要性は高いと判示。

他方、憲法38条1項は、何人も自己が刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障したものと解されるところ、本件届出義務は、これにより、届出人と死体とのかかわり等、犯罪行為を構成する事項の供述まで強制されるものではないとした。

そして、医師が本件届出義務の履行により、捜査機関に対し自己の犯罪が発覚する端緒を与えるなど一定の不利益を負う可能性があっても、それは医師免許に付随する合理的根拠のある負担(医師免許は人の生命を直接左右する診療行為を行う資格を付与するとともに、それに伴う社会的責務を課するものである)として許容されるものと判断した。

結論 上告棄却

二審の判決(懲役1年及び罰金2万円。懲役刑の3年間執行猶予。)が維持されました。

カテゴリ: 2004年4月30日
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