平成15年2月14日前橋地方裁判所判決
(争点)
- 本件手術が不適切なものであったか
- 治療が不適切なものであったか
- 被告病院の医師らに説明義務違反があったか
- 被告病院の医師らに転院義務違反があったか
- 前記1から4の各事情と原告が指を切断したこととの間に因果関係があるか
- 被告病院は、原告が指の切断に際して受けた精神的苦痛に対する慰謝料を支払うべき責任を負うか
(事案)
平成10年11月9日プレス作業中に右手人差し指を負傷した原告が、被告病院に搬送された。被告病院の医師は右第2指不全切断と診断し、本件手術(2本のキルシュナー鋼線による観血的整復固定術及び1次的創閉鎖術)を行った。
その後原告は被告病院に入院し、点滴、消毒などの治療を受けていたが、27日、原告は携帯電話を解約しに行くと言って被告病院から外出許可をもらい、そのまま被告病院に無断で他の病院の診察を受けたところ、指の切断が必要であるとの説明を受け、直ちに指を中節骨近位3分の1くらいの部分で切断する手術を受けた。
(損害賠償請求)
670万円(指の切断に関する慰謝料600万+弁護士費用70万)
(判決による請求認容額)
110万円(被告病院には、指の切断と因果関係のある過失は認められないが、説明義務違反によって、原告に精神的苦痛を与えたとして原告の請求を一部認容)
(裁判所の判断)
争点1(手術上の過失)について
手術記録が存在せず、レントゲンフィルムも紛失しているため、手術状況などについて事後的に第三者が記録によって確認することは不可能であり、被告病院から手術記録が全く提出されていないからといって、本件手術が不適切であったとまで推認することはできない。その他本件手術が不適切であったことを裏付けるに足りる客観的証拠は無いとして、本件手術における過失を否定。
争点2(治療上の過失)について
被告病院のカルテや看護記録、血液検査の結果などに基づき、手術後の治療における過失を否定。
争点3(説明義務違反)について
原告が、被告病院に無断で他院の診察を受けたことからすると、原告は被告病院の医師らから指の状態や治療法などに関する説明をきちんとされなかったため、不安や不信感を抱いていたことが推測されるとし、またデマルケーション(壊死部の境界線をはっきりさせるための観察)は治療期間が長くなるから、患者の不安も長期間に続くため、医師としては十分な説明を行う必要があるとした。
被告病院の医師らは原告の指を切断する可能性のあることを原告に対しきちんと適切に説明していなかったと認定。
争点4(転院義務違反)について
被告病院においては手の外科を専門とする医師が交代で原告を診察しており、カルテや看護記録の記載は不十分なものではあったが、結局のところ、被告病院の各医師の専門分野、臨床経験及び被告病院の医療設備では原告の指の疾病改善が困難であったとは認められないから、そもそも転院義務が発生していないとして、義務違反を否定。
争点5(因果関係)について
被告病院には、手術上も治療上も過失はなく、転院義務も無い。説明義務を怠ったことは認められるが、原告の指は早晩切断せざるを得ない状態にあり、適切に説明をしたとしても、指の切断は避けられなかった。
被告病院の医師らによる説明義務の違反と、原告の指の切断との間の因果関係を否定。指の切断自体について、被告病院は債務不履行責任も不法行為責任(民法715条1項の使用者責任)も負わない。
争点6(損害)について
被告病院には指の切断自体についての責任は無いが、しかし、被告病院の被用者である医師らは、被告病院の事業である指の治療に関し、説明義務を果たしていなかった。これにより、原告は心の準備ができていなかったために、他院での指の切断に際し大きな精神的苦痛を受けたと認定。この苦痛に対し、民法715条1項(被用者が事業に関して行った不法行為についての使用者責任)に基づき、被告病院は慰謝料を支払うべき責任を負うと認定。
慰謝料額については、「結果発生の突然性」、「結果の重大性」、「説明不足」などを総合的に考慮して100万円を相当と認定し、被告が負担すべき原告側の弁護士費用は10万円を相当と認定。