仙台地方裁判所平成13年2月13日判決 判例タイムズ1179号286頁
(争点)
- Yに薬物療法を実施する義務があったか
- Yに転医推奨義務があったか
- Yの過失とXの損害との因果関係
(事案)
X(昭和43年生まれの男性)は平成6年5月、ひどい頭痛と倦怠感を感じたためT病院を受診したところ慢性糸球体腎炎と診断された。
Xは腎臓疾患の治療を受ける必要があると考えたものの、少年期の治療の際に経験した腎生検等の苦痛な検査に抵抗を感じていたので、他の治療法を実施している医療機関を探したところ、Y医師の著書「クスリをいっさい使わないで病気を治す本」を読み感銘をうけ、化学薬剤に頼らずに腎臓疾患を治せるのであればYの診療所で治療を受けたいと考えた。
そこで、平成6年7月25日、XがY医師が開設する診療所(以下Y診療所)を訪れると、Yは検査を行い慢性腎炎と診断し、Xに対し、食事を玄米雑穀ご飯を主食とし、菜食を中心にして、動物性の食物は摂取しないようにと指導した。
その後、Xは、平成6年8月27日から平成8年1月23日にかけ、Y診療所で診察を受けた。Yの診療内容は、XまたはY診療所職員が体調等を問診票に記入した後、ア.体重、握力、肺活量、血圧の測定、イ.血液、尿の採取及び検査、ウ.MRAという機械による体の気の流れの検査をし、エ.その後、Yの問診を受けるというものであった。また、YはXに対し、「食餌箋」に記載した内容のとおりの食品等をとるよう指示した。
Xは、平成7月12月末ころから、呼吸困難がひどくなり、また、視力が低下し、目が見えなくなってきた。平成8年1月20日ころから、激しい頭痛、全身倦怠感、動悸、息切れ、呼吸困難に加えて、腹部から下肢にわたってむくみが現れ、両目ともほとんど失明状態となった。そこで、Xは平成8年1月23日午前8時30分ころ母と叔母とともに、Y診療所を訪れた。Yは腎臓によい波動をあたえるオニキスとローズクオーツなどの宝石を身につけるように等と指示をした。これに対して、叔母が、応急措置はないのか、Xは体調も悪くて今にも死にそうなのに、宝石を身につけるというのはおかしいのではないかと訴えたところ、Yは、手遅れだから、よその病院へ行って、治ったらまたいらっしゃいと述べた。
Xは同月23日午後8時ころ、N医科大学附属病院に行ったところ、医師から胸水と腹水がたまっている、極度の貧血の上に血圧が異常に高く、ネフローゼ現象を起こしているとの診断をうけ、一晩安静にさせられた。Xが翌24日に紹介された地元のS市立病院を受診したところ、人工透析を受ける以外にないと診断され、空きのある病院としてK病院を紹介されて午後1番で行くよう指示された。K病院の医師は、Xを慢性腎不全と診断、Xは即座に人工透析を受け、その後、平成8年3月3日まで入院した。
その後Xは、平成9年8月18日まで、K病院に週3回通院し人工透析を受けていたが、同月他院において腹膜透析のための手術を受け、以後はDクリニックに月1回腹膜透析に通っている。
なお、Xは平成8年3月1日付けで身体障害者1級の認定を受けている。
(損害賠償請求額)
患者の請求額:計4043万9077円
(内訳:治療費5万2762円+入院雑費5万2000円+逸失利益2845万4315円+人工透析費用98万円+入院慰謝料80万円+後遺障害等慰謝料650万円+弁護士費用360万円)
(判決による請求認容額)
裁判所の認容額:計661万3071円
(内訳:治療費5万2762円+入院雑費5万2000円+逸失利益421万8309円+人工透析費用24万円+入院慰謝料80万円+後遺障害慰謝料65万円+弁護士費用60万円)
(裁判所の判断)
Yに薬物療法を実施する義務があったか
この点につき、裁判所は、Yは、Y診療所における診療方針として、食事療法及び生活指導による自然医学療法を掲げ、その実践のための各種検査の実施及び食事療法の指導等をしていたものであるところ、X自身も、Y診療所において化学薬剤を使用していないことを認識した上で、通院していたのであるから、YはXに対し、腎臓疾患の治療として自ら降圧剤や利尿剤を投与する義務を負っていたと認めることはできないと判示しました。
Yに転医推奨義務があったか
この点につき、裁判所は、Yが、Y診療所で実施していた食事療法及び生活指導は、それ自体を目的とするものではなく、それらの指導を通じて慢性疾患等の治療をし、その症状の治癒あるいは改善を目的とするものである以上、Yは、自らの行う食事療法及び生活指導のみでは患者の症状が悪化することが明らかな場合には、医師として西洋医学療法を実施する他の医療機関に転移を勧めるべき義務を負うことは明らかであると判示しました。また、その時点は、XがYの指導する自然医学療法の実践に努めていたにもかかわらず、検査結果が悪化し、降圧剤を使用して血圧を下げる必要があると判断される状態で、放置したことによりXの症状が急速に悪化し、Yの判断基準に照らしてもXがはじめて慢性腎不全と判断される状態に至ったと認められる平成7年8月9日の第4回診療時であったというべきであると認定しました。
Yの過失とXの損害との因果関係
この点につき、裁判所は、Yの治療とXが慢性腎不全に至ったことの間には因果関係がないと判示しました。
他方、Yが平成7年8月9日までにXに対し、他の医療機関への転医を勧めなかったことと、Xが平成8年1月24日以降人工透析を必要とするに至った事実との間には因果関係を認めました。
そして、裁判所は、鑑定の結果とXの血液の検査及び血圧測定の結果から、Xの平成7年8月9日における症状は、降圧剤の投与による薬物療法が必要と判断されるものであったこと、Xの症状は平成7年9月以降、急速に悪化したが、これは、高血圧症を放置したことに起因するものであり、Yが他の医療機関に転医するよう勧告し、Xに降圧剤や利尿剤の投与が行われれば、Xの症状が急速に悪化する事態を回避することが可能であって、人工透析の開始時期を2年程度遅らせることができたことを認めました。
裁判所は、Yの義務違反(過失)により、Xの人工透析が2年間早まったことを前提に、逸失利益、人工透析費用、慰謝料などを算定し、上記裁判所の認容額記載の損害賠償をYに命じました。