平成16年1月16日札幌高等裁判所判決
(争点)
- B型肝炎感染と本件各集団予防接種との因果関係
- 国の予見可能性
- 国の結果回避義務
- 損害
- 民法724条後段の法的性質
(事案)
ABCDE(このうちDは訴訟中に死亡し、相続人である妻と子2人が訴訟を承継)は、幼少時に国の実施した予防接種を受けた。
その後、ABCDE(本件感染者ら)はそれぞれB型肝炎ウイルスに感染していたことが判明した。各感染者の生年、集団予防接種を受けた年(ABCDについては、複数の集団予防接種のうち、最後に受けた年月日)は次のとおりである。
A 昭和39年出生 昭和46年2月5日最後の予防接種
B 昭和26年出生 昭和33年3月12日最後の予防接種
C 昭和36年出生 昭和42年10月26日最後の予防接種
D 昭和39年出生 昭和45年2月4日最後の予防接種
E 昭和58年(5月)出生 昭和58年(8月)予防接種
A~Dが予防接種を受けた期間における各予防接種の方法は、昭和44、45年ころ以前の各予防接種はいずれも注射針を交換しないで連続使用する方法により、昭和44、45年ころ以降のBCG接種は一人1針(管針)の方法が大勢を占めていたが、ツベルクリン反応検査においては、注射針、注射筒とも連続使用され、その他の各予防接種においては、注射針は一人ごとに取り替えられたものの、注射筒、種痘針等は連続使用されていた。
Eが予防接種を受けた際においては、BCG接種では一人ごとに注射針(管針)が取り替えられていたが、ツベルクリン反応検査では注射針は一人ごとに取り替えられたものの、注射筒は連続して使用された。
A~Eは平成元年6月30日に、予防接種によってB型肝炎に罹患したとして国を被告として提訴した。
(損害賠償請求額)
一人あたり1,150万円 (A~E)
(判決による請求認容額)
札幌地方裁判所が認めた額 0円(A~Eの請求を全部棄却)
札幌高等裁判所が認めた額 一人あたり550万円(内訳慰謝料500万円プラス弁護士費用50万円)を認容(ただし、B、Cについては請求棄却)
(裁判所の判断)
B型肝炎感染と本件各集団予防接種との因果関係について
A~EのB型肝炎ウイルス感染の原因が本件各集団予防接種であったことの直接証拠はなく、また、疫学的な因果の連鎖を的確に示す間接証拠も無いとしながらも、以下の理由で、因果関係を肯定。
- (1)
- 本件感染者らがB型肝炎ウイルスに感染したのはそれぞれが本件各集団予防接種を受けた時期に対応する幼児期から小児期(6歳)までであり、感染者ら主張の不法行為(原因)とその結果との間に大枠ではあるが疫学的観点からの時間的関係において因果関係を認め得る事実関係にあること
- (2)
- 本件各集団予防接種がいずれも一般人においてB型肝炎ウイルス感染の危険性を覚えることを客観的に排除し得ない状況で実施された及び感染者らのB型肝炎ウイルス感染の原因として考えられる他の具体的な原因が見当たらないこと
国の予見可能性
医学的知見の進展経緯から、遅くとも(患者らが最初に集団予防接種を受けた)昭和26年当時には、予防接種の際、注射針及び注射筒を連続して使用するならば、被接種者間に血清肝炎ウイルスが感染する恐れがあることを当然に予見できたと判断。更に、B型肝炎についての具体的な研究や発表が公表された昭和45年ころ以前であっても、肝炎の病原であるウイルス(あるいは濾過性病原体)の存在が広く疑われていたのであるから、国は、予防接種において注射器の針を交換しない場合はもちろんのこと、針を交換しても肝炎の病原に感染させる可能性があったことを認識し、又は認識することが十分に可能であったと判断。
国の結果回避義務
B型肝炎ウイルスの感染を防止するためには、それに使用する注射針及び注射筒等の接種器具を流水で十分洗浄した後、乾熱、高圧蒸気又は煮沸による滅菌消毒するか、接種器具を被接種者ごとに取り替えることで足り、この方法は、我が国においても、古くから一般医療機関で行われていた方法であると認定。
その上で、国は、本件各集団予防接種を実施するに当たっては、注射器(針及び筒)の一人ごとの交換又は徹底した消毒の励行等を各実施機関に指導してB型肝炎ウイルス感染を未然に防止すべき義務があったにもかかわらず、これを怠った過失があると判示した。 そして、本件各集団予防接種が国の伝染病予防行政の重要な施策として、国からの細部にまでわたる指導に基づいて、各自治体により実施されたことが明らかであるとして、本件各集団予防接種が強制接種であったか勧奨接種であったかにかかわらず、国の伝染病予防行政上の公権力の行使に該当すると認定。
国が、国家賠償法1条に基づき、本件各予防接種によって発生した損害について 賠償責任を負うと判示。
損害
B型肝炎ウイルスの持続感染者(キャリア)あるいはB型肝炎患者にとって、持続感染者あるいは肝炎患者であるということは、そのこと自体が生存に対する深刻な脅威となり、一生涯解放されることのない不安と苦悩を持ち続けることを意味するとの患者らの主張を認め、本件において、包括かつ一律の損害賠償請求をすることを相当とし、慰謝料としては各感染者につき500万円とした。
民法724条後段
民法724条後段について、期間20年の除斥期間の定めと解し、A~Dについての各除斥期間の始期は、本件各集団予防接種のうちから、B型肝炎ウイルスに感染した接種行為及び接種時期を個別に特定することができないが、その最初から最後までのいずれについても感染の可能性が肯定され得る場合には、その最後の時期を除斥期間の始期とするのが相当であるとした。
そして、BとCについては、最後の予防接種から提訴まで20年以上経過しており、損害賠償請求権は消滅したと認定。