東京地方裁判所平成13年7月5日判決 判例タイムズ1089号228頁
(争点)
- 手術前の説明義務違反はあったか
- 医師自身が包帯を交換する義務はあったか
- 包帯の巻き方についての指導・説明義務違反はあったか
(事案)
Xは、平成11年(以下、同年については省略)1月7日、Y医師が経営するY美容外科に赴き、シリコンボールを陰茎に挿入する手術についてY医師より説明を受けた。その際にY医師は、手術方法として、「亀頭直下リング法」と「トライアングル法」の2つがあること、手術はいずれも局所麻酔下で皮膚を切開し、シリコンボールを皮下に埋め込む方法で行うこと、シリコンボールを浅いところに埋め込むと十分な固定ができず、露出してくる可能性がある、逆に深いところに埋め込むと固定されて動かないこと、手術創は、溶ける糸を用いて閉創する、術後の感染を予防するため、2~3週間は患部の消毒を続ける必要があることなどを説明した。Xは、亀頭直下リング法によるシリコンボール挿入術(以下、本件手術)を受けることを申し込み、Y医師はこれを応諾した。
同月16日、Y美容外科のA医師は、Xに本件手術を施行した。そして、手術後、A医師は、看護師に実際に包帯を巻かせてXに包帯のやり方や強さを実感させながら、包帯の巻き方を説明した。また、Y美容外科は、「包帯は1週間くらい巻いておくようにして下さい。巻き方は、傷口の上を3周程度強すぎずゆるすぎない様に巻いて下さい。」といった注意事項の記載がある「包茎、シリコンボールの手術を受けられた方へ」と題する書類をXに渡した。
しかし、2月1日、Xは腫れと痛みを訴えてY美容外科を訪れ、A医師の診察を受けた。 A医師は、切開部分周辺に圧迫固定の不十分に起因するものとみられる浮腫を認め、びらん状になった切開部分に軟膏を塗るなどの処置をした上で、包帯を亀頭直下の手術部位にずれないように巻くように説明した。また、A医師は、診療後、Xに対し、1週間後に症状をチェックするため受診することを指示した。
Xは、2月6日、シリコンボールが露出していることを訴えてY美容外科を受診したところ、A医師は、切開部分からシリコンボールの露出を認め、シリコンボール抜去及び当該部位の壊死組織の除去手術を行った。
Xは、同月8日、16日、21日とY美容外科で診察を受けたが、Xの陰茎は、亀頭と絞扼輪との間に浮腫が生じ、絞扼輪部分に瘢痕が残り、その部分が凝血して、瘢痕周囲の皮膚が壊疽している状態になった。また、瘢痕が拘縮し、その部分で陰茎自体がくびれて、約30度くらい曲がり変形した状態となった。
その後、Xは、Y美容外科には診療契約上の債務不履行があると主張し、Y医師に対し、損害賠償を求めて訴えを提起した。
(損害賠償請求額)
患者の請求額 :計2200万円
(内訳:慰謝料2000万円+弁護士費用200万円)
(判決による請求認容額)
裁判所の認容額:計110万円
(内訳:慰謝料100万円+弁護士費用10万円)
(裁判所の判断)
手術前の説明義務違反はあったか
裁判所は、まず、美容整形についての一般的な説明義務の程度について判示し、その後本件手術について検討をして、本件手術前の説明義務違反を否定しました。
一般に美容整形においては、疾病や負傷等を治癒するための処置と比較して、その医学的必要性、緊急性が低く、美容整形の手術等の処置を行う場合には、その目的が患者の主観的欲望を満たすことにあると言うべきであるから、処置をするにあたっては、本人の主観的意図が極めて重要な意味を有する。したがって、美容整形手術を行う医師においては、患者の自己決定に必要かつ十分な判断資料を提示し、手術前に治療の方法、効果、デメリットの有無等を説明すべき義務を負うものと言うべきである。
他方、手術後の危険性の中には、手術自体から不可避的に生じる危険性から、手術後の処置あるいは手術後の患者自身の行動の不適切に起因する危険性など無限定に考えられるものであるが、手術を施行しようとする医師がそれらの危険性をすべて具体的に予測することは困難であり、当該手術により不可避的に生じる可能性のある後遺症発生等の危険性及び手術後の処置から生じることが通常予測しうる危険性等については、患者に説明すべき義務を負うものと言えるが、手術後の処置から通常予測できない具体的危険性についてまで、それを予測して患者に説明すべき義務を負うものではない。
その上で、本件手術においては、術後シリコンボールが露出し、切開部分に傷が残るということ及び切開部分から細菌による感染がおきるということは、同手術後の通常の経過の中で生じることが予測されるため、Y医師としては、それを患者に説明する義務があると言うべきである。他方、シリコンボール挿入術により、陰茎が変形するということは、通常の経過の中では発生しないものと認められるので、このような危険性についてまで患者に説明する義務はないというべきである。
医師自身が包帯を交換する義務はあったか
この点について裁判所は、一般的な医療においても、包帯の交換は医師、看護師の指導のもとに患者に委ねることも通常である上、本件においても、包帯の交換は必ずしも困難なことではなく、Y美容外科のA医師は100人くらいのシリコンボール挿入術の患者について、すべて包帯交換を患者に任せているが、そのうち、2件のみシリコンボールが飛び出すことがあったものの、Xのように陰茎の変形を起こした例はなかったこと、Y美容外科以外の医院においても、シリコンボール挿入術と類似の手術において、包帯交換を患者に任せていることが多いものであること等を考慮すると、Y医師には、本件シリコンボール挿入術において、術後の包帯交換を患者であるXに任せずに、Y診療所の医師自身の手で行うべき義務があったとまで言うことはできない、と判示しました。
包帯の巻き方についての指導・説明義務違反はあったか
この点について裁判所は、Y医師は、包帯等を手術部位からずれないように緩く巻くことを指導、説明しているものの、症状の悪化する状況を目の当たりにしながら、それ以上の特段の指導、説明をしていたとは認められないのであって、Xに対する包帯の巻き方についての指導、説明が不十分であったと言わざるを得ず、上記指導、説明義務を尽くしたとは言い難い、と判示し、医師の指導・説明義務違反を認めました。
以上から、裁判所は、説明義務違反による損害として、上記【裁判所の認容額】の範囲で患者の請求を認めました。その後、判決は確定しました。