医療判決紹介:最新記事

No.187「分娩に際し、クリステレル圧出法を実施したところ、4日後に子宮脱ないし子宮下垂を発症。医師の過失を否定し妊婦の請求を棄却した一審判決を維持し、患者の控訴を棄却した高裁判決」

広島高等裁判所平成22年6月17日判決 判例タイムズ1333号214頁

(争点)

  1. 患者にクリステレル圧出法の適応はあったか
  2. クリステレル圧出法についての説明義務違反はあったか
  3. 医師に手技上の過失はあったか
  4. 手技と子宮脱発生との因果関係

(事案)

Xは、分娩のためY医師が経営するY医院に入院し、Y医師の診察を受けていたが、分娩前の平成17年4月15日の診察では、Xの産道が柔らかくなっていた。

同年5月2日の12時47分ころ、Xに対し、人工破膜が実施されたが、羊水混濁はなかった。13時37分、子宮口は全開大であった。子宮収縮の終了後、元の胎児心拍数基線のレベルまで回復するのが、時間を負うごとに次第に長くなり、除脈からの回復が遷延する傾向にあった。

13時44分、第1回目のいきみの際の徐脈の後には、胎児心拍数が基線まで戻らず、125~135bpm付近を推移していた。

13時48分、Y医師は、看護師に1回目のクリステレル圧出法(妊婦の腹部を上から圧迫する手技)を実施させ、13時53分ころに自ら2回目のクリステレル圧出法を実施した。

その後、Xは、Y医師の実施したクリステレル圧出法により子宮支持組織や骨盤底筋群が損傷し、子宮脱(子宮が膣外に脱出する疾病)あるいは子宮下垂が発生したとして、Y医師に対し、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を求めて、訴えを提起した。

第一審裁判所が、Xの請求を棄却したため、X控訴。

(損害賠償請求額)

計5695万7321円(控訴段階で1500万円に縮減)
(内訳:慰謝料+逸失利益+弁護士費用。内訳の詳細は不明)

(判決による請求認容額)

【第一審の認容額】計0円
【控訴審の認容額】計0円

(裁判所の判断)

患者にクリステレル圧出法の適応はあったか

この点について、控訴審裁判所は、事実経過から、Xは、クリステレル圧出法の本来的適応である胎児機能不全の状態であるとはいえないが、胎児機能不全に陥りつつある段階であったと推定される、と認定しました。

そして、分娩は、一連の経過に伴い胎児の状態や母体の状態が刻々と変化するものであり、そこには多くの個人差等も存し、医師としてはそれらに迅速に対応して、よりよい状態で児を娩出させるとともに、母体の安全を確保すべきであるから、陣痛発作に伴う児心拍の低下が徐々に進行している状況で、母体の娩出努力を助けることにとどめて児娩出を待つか、児の状態を悪化してしまう前に何らかの補助操作を行い児を娩出させるかは、その当時の子宮口開大度、児頭下降度、児心拍の状態、産道の状態、児の大きさ、母体の疲労度、羊水混濁の状態等、胎児と母体の状況を総合的に判断し、現場にいる医師が、その臨床経験も踏まえて判断すべきであり、医師の裁量権に委ねられるところが大きいというべきである。

したがって、事実関係に照らせば、Y医師が、13時48分ころに看護師にクリステレル圧出法を実施させ、13時53分ころに自らクリステレル圧出法を実施したことは、医師の裁量権の範囲内にあるものとして、本件手技の適応を認めることができる、と判示しました。

クリステレル圧出法についての説明義務違反はあったか

この点について、控訴審裁判所は、説明をしたとするY医師の供述について、クリステレル圧出法が陣痛発作時に行うものであり、いきんで腹圧をかける妊婦との共同作業であって、いきなり説明なしに押しても妊婦からの腹圧が得られず奏功しないことからすれば、Y医師の供述は合理的で信用できると判示しました。

そして、本件においては、分娩開始前に急速遂娩の必要性を窺わせる事情が特段見当たらず、胎児機能不全に陥りつつある段階で施行されたものであるから、口頭での説明が違法であるとはいえない。そして、Y医師の説明は、クリステレル圧出法についての必要性と方法を説明するものであるから、当時の説明内容として必要最小限のものは具備しているといえる。さらに、合併症の説明をすることは望ましいが、本件手技が行われた状況に鑑みれば、これをしなかったことが違法であるとまではいえない、と判示し、Y医師の説明義務違反を否定しました。

医師に手技上の過失はあったか

この点について控訴審裁判所は、分娩後の入院時には子宮の違和感なく経過し、子宮底の高さの変化からすると普通の産褥経過を示しているといえ、これらの事実からすると、Y医師によるクリステレル圧出法がXの腹部に過大な力を加えたものとまでは推認できないし、子宮脱の原因が多岐にわたることからすれば、子宮脱という結果をもって、Xの手技上の過失を基礎付けることはできないと判示して、Y医師の手技上の過失を否定しました。

手技と子宮脱発生との因果関係

この点について、第一審裁判所は、因果関係を否定しました。しかし、控訴審裁判所は、子宮脱の発生原因は非常に多岐にわたり、Xには第2子の出産、第1子が3490グラムと日本人の平均よりも大きいという要因があるが、20歳代の子宮脱が稀であること、Xの子宮脱は本件分娩の4日後である退院時に発症したものであること、クリステレル圧出法には、子宮破裂、胎盤早期剥離の外、子宮ならびに会陰筋の損傷等の傷害を発生するおそれがあるといわれていることからすれば、本件手技と子宮脱の因果関係を完全に否定することはできない、と判示しました。

もっとも、手技の適応があり(争点1)、手技上の過失が認められず(争点3)、説明義務違反もない(争点2)ことから、裁判所は、Xの請求には理由がない、と判示しました。

以上から、控訴審裁判所はXの控訴を棄却し、その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2011年3月 9日
ページの先頭へ