高松高裁平成22年2月25日判決 判例時報2086号53頁
(争点)
- 医師らの縫合不全の予防・発見に関する注意義務違反の有無
- 手術後の縫合不全と肺炎、ARDSとの間の因果関係の有無
- 損害
(事案)
X(本件事故当時70歳の女性)は、Y1財団法人の経営するY病院の内科に通院し、メニエール病の治療を受けていたが、平成16年9月1日、検査により早期の大腸癌が発見されたため、内科の医師はY病院の外科部長兼医局長のY2医師を紹介し、Y2医師がXを担当するようになった。
Y2医師は、大腸癌除去のための開腹手術を行うことにしX及び家族にその旨を伝えたが、 患者の負担の少ない腹腔鏡手術の方がいいと考え、経験のある部下のY3医師(Y病院外科部長)に手術を依頼した。
Xは、同年9月10日にA病院に入院したが、Y2医師から開腹手術ではなく腹腔鏡手術を行うと伝えられ、その後、Y3医師から、腹腔鏡手術の説明を受けたが、同医師は、手術後の縫合不全については特に説明しなかった。
同年9月15日、Y3医師は、Xに対して本件手術を行い、腸管の縫合を含めて、おおむね異常なく終了した。しかし、Xは、翌16日から同月22日ころまで、38度を超える発熱が続くとともに、腹部痛を訴えた。同月21日、創部皮下が発赤し、皮下腫瘍が形成された。その部位からは膿の排出が続いていた。同月28日に創部のガーゼに淡茶色の汚染が見られ、同年10月1日には開放創部のガーゼが悪臭のある淡茶色や灰茶色の膿で汚染されていた。同年10月2日以降、Xは嘔吐や下痢を繰り返すようになった。
同年10月5日、Y3医師はXに対してCT検査を行ったところ、皮下腫瘍と索状物を通じて連結する10㎝×4㎝程度の大きな腹腔内膿瘍を認め、縫合不全の発症を確認した。そこで、Y3医師は、経口摂取を中止するとともに、ドレナージを実施したが、その後もXの発熱や腹痛は続いたことから、10月8日、Y2医師、腹腔内ドレナージ手術(以下再手術)を実施した。再手術の際、人工肛門を造設しなかった。
Xは、10月14日ARDS(成人型呼吸窮迫症候群)を発症して呼吸困難となり、その後、さらに容態が悪化したことから、XはD大学医学部付属病院(以下、D病院)に転院した。
Xは、10月25日、D病院で、人工肛門造設と気管切開のための緊急手術を受け、その後、11月30日までICUで集中治療を受け、12月2日に一般病棟に移り、平成17年3月28日、退院した。しかしXは、D病院での長期間の入院治療により、廃用症候群を発症し、後遺障害を負うに至った。
そこでXは、医師らが手術後に縫合不全について適切な管理を怠ったうえ、適切な対処もしなかったことは不法行為に当たると主張して、Y2医師、Y3医師、及び両医師の使用者であるY1財団法人(以下、Yら)を相手に、損害賠償を求めて訴えを提起したところ、第一審裁判所がX主張のYらの過失を認め、請求を認容したため、Yら控訴。
なお、縫合不全とは、縫合部が完全に癒合しないことをいい、縫合不全が生じると、腸管内容物が腹腔内に漏出し、腹膜炎を併発することが多く、縫合不全は、消化管吻合における最も重大な術後合併症の1つとされている。
(損害賠償請求額)
患者の請求額 :計6603万9939円
(内訳:治療費76万6975円+入院雑費23万2500円+入院付添費81万9000円+将来介護費3551万8004円+後遺障害慰謝料2000万円+自宅改造費370万3460円+弁護士費用500万円)
(判決による請求認容額)
裁判所の認容額:
【第一審の認容額】計6581万1011円
(内訳:治療費76万6975円+入院雑費23万2500円+入院付添費81万9000円+将来介護費3528万9076円+後遺障害慰謝料2000万円+自宅改造費370万3460円+弁護士費用500万円)
【控訴審の認容額】計5642万8002円
(内訳:治療費76万6975円+入院雑費23万2500円+入院付添費81万9000円+将来介護費2646万6807円+後遺障害慰謝料2000万円+自宅改造費314万2720円+弁護士費用500万円)
(裁判所の判断)
医師らの縫合不全の予防・発見に関する注意義務違反の有無
この点につき、第一審裁判所は、医師らの過失を認めました。そして、控訴審裁判所は、第一審の判決を修正・補足しつつ、この点を次のように判断しました。
まず、事実経過及び医学的知見から、9月28日の時点で縫合不全が発症していた、と認定しました。
次に、医学的知見として、術後3日目以降の後期発生例は保存的療法で治癒可能な場合が多く、その場合には、絶食の上でドレナージ効果を高めるため、低圧持続吸飲や洗浄を行うものとされ、発症後2日ないし3日で発熱が消失する場合にはドレナージが不十分であったり、保存的療法にもかかわらず治癒傾向がない場合には、一時的人工肛門を造設する必要があるとされる、としました。
そして、本件においては、膿の粘性が強かったにもかかわらず、ドレーンチューブの選択が適切でなかったことなどからドレナージ効果が不十分で、縫合不全の症状も改善していなかったものであり、かかる状況の下では一時的人工肛門を造設する必要があったというべきであるところ、縫合不全の発症を10月5日に確認したY2医師、Y3医師は、ドレナージ効果が不十分であったことを認識し得たにもかかわらず、適切なドレナージを施行することなく、また、速やかに一時的人工肛門を造設することもなく、XがD病院に転院するまでの21日間、漫然と保存的療法を続行したものであるから、Y2医師、Y3医師には縫合不全について適切な処置を講ずべき義務を怠った過失がある、と判示しました。
手術後の縫合不全と肺炎、ARDSとの間の因果関係の有無
この点について、Y2医師らは、Xに対し本件再手術をしたため、外科的侵襲によってもたらされる生体反応が、Xの肺炎、ARDSの原因であった可能性があると主張しましたが、第一審裁判所は、これを裏付ける証拠がないとして、その主張を採用せず、因果関係を認定しました。
控訴審裁判所も、Y2医師らには、縫合不全の発見の遅延と縫合不全に対する適切な処置を怠った過失があるところ、(1)本件手術当時、Xはメニエール症、C型肝炎、高血圧症等の併発症を有してはいたものの、その体調に特段の不良はなく、日常生活にも問題はなかったこと、(2)Xに発症した縫合不全は術後3日目以降の後期発生例であり、保存的療法で治癒可能な場合が多いとされることに照らすと、仮に、Y2医師らが縫合不全の発症を遅延することなく発見し、適切な処置を講じていたとすれば、縫合不全が悪化して腹膜炎を併発し、これが原因疾患となってARDSを発症することはなかったであろうことが高度の蓋然性をもって認められる、として、因果関係を認めました。
損害
この点について、第一審裁判所は、上記【第一審の認容額】記載の損害を認めましたが、控訴審裁判所は、まず、この内の「将来看護費」の算定の前提となる一日あたりの介護料を、第一審の8000円ではなく、6000円と認定して算出しました。
次に、「自宅改造費」の内のトイレリフト及び洗面台を車椅子対応にするための工事費に関して、第一審裁判所はこれを損害と認めましたが、控訴審裁判所は、これらの工事は、施工されないままであることや、Xの要介護状況にかんがみると、かかる工事がXの介護のために必要不可欠なものとまで認めるには足りないから、これらの工事費用は本件不法行為に基づいてYらに賠償を請求し得る損害と認めることは相当でない、と判示しました。
以上から、控訴審裁判所はYらの控訴を棄却し、上記【控訴審の認容額】記載の損害賠償をYらに命じました。