平成15年6月27日広島高等裁判所(損害賠償請求控訴事件)
(争点)
- HCG製剤を追加使用したことが過失にあたるか
- 医師に検査を十分にしなかった過失があるか
- 平成7年4月3日時点で入院治療をしなかったことが過失にあたるか
(事案)
本件患者(医療事故当時32歳の主婦)は、Aの設置・経営する社会保険A病院産婦人科で平成4年から不妊治療を受け、OHSS(卵巣過剰刺激症候群)と診断されたが、平成5年に第1子を出産した。
その後本件患者は第2子の出産を希望して平成7年1月以降A病院産婦人科を受診し、同年3月から本件患者に対してB製薬会社の製造販売する薬剤の投与によるHMG・HCG療法が開始された。
平成7年3月27日、A病院産婦人科医師は、本件患者に対し超音波検査を行い、OHSSと診断した。同年3月30日ころから本件患者には腹部膨満感、腹痛、気分不良などの症状が出現した。
同年3月31日の受診時に本件患者にHCG剤が追加投与された。同年4月1日以降、本件患者の上記症状に食欲不振も加わった。 同年4月3日には朝から吐き気などの症状も加わり、午前中にA病院で受診した際の超音波検査によると、本件患者の卵巣腫大の程度は6cm×7.8cm、7.7cm×7.0cmであり、血液検査の結果はヘマトクリット値50.6%(基準範囲36.0~44.4%)、白血球(WBC)2万1,900/μl(基準範囲3,300~8,000)、赤血球551万/μl(基準範囲390万~485万)、ヘモグロビン16.6g/dl(基準範囲11.7~14.6)であった。
A病院の医師は本件患者のOHSSがより顕著に現れてきたものと認めたが、急速な悪化はしないものと予測し、A病院に空室も無かったことから、本件患者に対し、血液濃縮に対する治療として輸液を行い、自宅安静と通院を指示して控訴人を帰宅させた。
4月4日午前0時ころ、本件患者はA病院に赴き、頭痛及び腹部膨満感を訴えた。診察終了後、本件患者は突然失神して倒れ、数回おう吐した。本件患者はA病院救命救急センターに入院したが、午前3時30分には右片麻痺及び失語症の状態となり、頭部CT検査の結果、脳梗塞が疑われ、更に脳血管撮影により、重症の脳血栓症が認められ、同日午前11時15分ころ、バイパス手術及び外減圧開頭手術が実施されたが、目的を達成できず、4月6日には内減圧開頭手術が実施された。
平成7年11月30日には、本件患者につき、脳血管障害による右上肢機能全廃(2級)、右下肢機能障害(4級)及び言語機能喪失(3級)を傷病名とする身体障害者等級1級の障害者手帳が交付された。
(損害賠償請求額)
A病院とB製薬会社の連帯で1億5,700万円(内訳不明)
(判決による請求認容額)
広島地方裁判所が認めた額 0円(請求棄却)
広島高等裁判所が認めた額 A病院に対して8,558万1,296円の支払義務認定
(内訳:医療費134万3,200円+休業損害166万0,637円+逸失利益5,334万2,651円+将来の介護費用1,665万8,508円+慰謝料2,100万円・損害填補1,642万3,700円+弁護士費用800万円)
B製薬会社に対する請求は棄却
(裁判所の判断)
争点1及び2(追加投与と検査)について
排卵誘発法であるHMG・HCG療法を行う以上、OHSSの発症を完全に防止することはできないところ、本件患者はOHSSを発症しやすいとされるPCO(多嚢胞性卵巣)として臨床上扱われる患者であった上、平成4年にもOHSS発症があったことから、控訴人の治療にあたっては、OHSSの発症防止及び発症後の対応に十分な注意が必要であったとして、既に平成7年3月27日の時点でOHSS発症の診断をした後の同年3月31日に超音波検査をしないまま、漫然とHCG5,000単位の追加投与をしたことは、A病院の医師の過失であると判断した。
争点3(入院治療)について
平成7年4月3日時点の本件患者のOHSSは、重症で、ただちに入院管理の必要な状況であったとして、入院治療の措置を採らなかったA病院医師の過失を認定。
本件患者が帰宅を希望したことや、A病院に空室がなかったことは、過失の認定を左右するものではないとした。
結論
本件患者は、不妊治療の副作用で発症したOHSSが憎悪し、血液濃縮を来して、脳に血栓を生じ脳梗塞を併発したものであるところ、OHSSの憎悪及び脳梗塞の併発は、A病院の医師がOHSS発症後、検査によってOHSSの経過観察を怠り、HCG製剤を漫然追加投与した過失及び平成7年4月3日時点で入院治療の措置を採らなかった過失におり惹き起こされたものと認定。
医師の被用者であるAに損害賠償義務があるとした。