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No.177「町立病院に入院中の妊婦が意識を消失し、母体搬送依頼から約4時間後に国立病院に搬送されたが、死亡。町立病院の医師の過失を否定し、仮に過失があったとしても救命可能性がなかったとして因果関係も否定して遺族の損害賠償を棄却した一審判決」

大阪地方裁判所平成22年3月1日 判例タイムズ1323号212頁

(争点)

  1. 医師がCT検査を実施しなかったことについて過失があるか
  2. 仮に過失があったとして、患者が死亡したこととの間に相当因果関係が認められるか

(事案)

患者A(昭和49年生まれの女性)は、平成18年8月7日、分娩のためN県S郡のY町が開設・運営するY1病院に入院した。

Aは8日午前0時ころ、頭痛があり、こめかみが痛いと訴えた。午前0時14分ころ、Aは意識を消失した。Y1病院産婦人科のY2医師が診察したところ、血圧、呼吸に異常はなく、Y1病院の内科医B医師がAは失神していると診断したことから、経過観察とした。

午前1時37分ころ、Aの血圧が上昇し、けいれん発作が見られた。Y2医師は、Aに対するマグネゾールの静脈注射を指示した。

Y2医師は、午前1時50分ころ、N県立医科大学付属病院(N県立医大)に対し、電話で母体搬送を依頼した。N県立医大では満床であり、受け入れることができなかったため、他の病院を探してみつかった時点で連絡するとのことであった。

Y1病院では、午前3時49分、広域消防組合消防本部に対し救急車の出動を要請し、救急車は午前3時56分にY1病院に到着し、待機していた。

Aは、午前4時30分ころ、呼吸困難となったため、B医師が気管内挿管を実施した。

Aについて、午前4時49分、国立循環器病センターへの搬送が開始され、午前5時47分に到着した。同センターにおいて実施された頭部CT検査によると、右前頭葉に径7㎝の血腫が認められ、脳室穿破を伴うと診断された。そこで、午前7時55分ころ、Aに対する開頭血腫除去術及び帝王切開術が開始された。午前8時4分、X1が出生し、Aはその後血腫が除去され午前10時ころ手術が終了した。

その後、Aは同年8月16日に死亡した。死因は脳内出血であった。

患者Aの子X1とAの夫X2が原告となり、Y2医師が子癇であると誤診して頭部CT検査を実施せず速やかに高次医療機関へ転送すべき義務を怠った結果Aが死亡したと主張して、Y1病院及びY2医師に対して損害賠償請求訴訟を提起した。

(損害賠償請求額)

患者の遺族の請求額:合計8806万7496円(端数切り捨て*)
(内訳:逸失利益4756万7497円+死亡慰謝料2600万円+原告の夫の慰謝料500万円+葬儀費用150万円+弁護士費用800万円)

*逸失利益を原告が2分の1ずつ相続しており、それを再度合計するにあたり、端数を切り捨てて計算しています

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:0円

(裁判所の判断)

医師がCT検査を実施しなかったことについて過失があるか

裁判所は、患者Aが午前0時14分ころに意識を消失した後にY2医師らがCT検査を実施しなかったことが過失にあたるかについて以下のように検討しました。

まず裁判所は、患者Aは午前0時ころに脳出血が始まったと考えられるので、午前0時14分ころに頭部CT検査あるいはMRI検査等を実施していれば、何らかの所見が得られた可能性は高いと認定しました。しかし、こうした検査は、患者の負担等を考えると、何らかの疾患を疑った場合に実施するものであるところ、この時点では、Aは意識消失はあるが、全身状態に問題はなかったのであるから、Y2医師らにおいて経過観察でよいと判断したことが不適切であったということはできない、としました。

もっとも、精神的な反応から来る心因的意識喪失発作であれば意識喪失は30分程度で回復するものであるところ、その後も30分以上意識障害が継続していることは脳に何らかの異常が生じていることをうかがわせるということができる、と指摘しました。

そして、午前1時37分ころには、除脳硬直が生じているのであるから、Aの脳に何らかの異常が生じており、そのことは容易に診断できたということができ、現に、E医師はCT検査の実施をY2医師に尋ねており、Y2医師も、子癇と考えつつも脳の異常が生じている可能性については認識していたものと考えられる、としました。

その上で、Xらが主張するように、頭部CT検査をしなかったために、脳出血の診断が遅れ、脳圧下降剤を投与する機会を逸したことをもって過失といえるかという点が問題となるとして以下のように判示しました。

確かに、午前1時37分ころには脳に何らかの異常が生じていることを認識することは可能であり、現にY2医師らにおいて認識していたと考えられるのであるから、通常直ちにCT検査を実施すべきであったといえるが、Y2医師において、午前1時37分ころの時点で、一刻を争う事態と判断し、CT検査に要する時間を考慮すると、高次医療機関にできるだけ迅速に搬送することを優先させ、直ちにN県立医大に対し受け入れの依頼をしているところであって、頭部CT検査を実施せずに搬送先を依頼したことが不適切であったといえるものではない、と判断しました。

もっとも、結果的には、午前1時50分ころにN県立医大に対し受け入れの依頼をし、国立循環器病センターへの搬送が開始されたのは午前4時49分であるから、約3時間を要しているところ、Y1病院においてCT検査は40~50分程度で実施可能であることからすると、CT検査を行うことができたということができ、それにより脳に関する異常を発見してグレノール(脳圧下降剤)の投与等の措置をとることができた可能性は否定できないと指摘しました。しかし、Y2医師のそれまでの経験では搬送先が決まるまで長くても1時間程度であったことからすると、CT検査を実施すると、その実施中に搬送先が決まる可能性が高く、その場合には、CT検査の実施が早期の搬送の妨げとなることも考えられるところであって、CT検査を実施するよりも早期に搬送することを選択したY2医師の判断は、十分な合理性を有しているということができる、と判断しました。そして、CT検査は極めて有用ではあるが、検査に出室させることによるリスクや検査中不測の事態をも考慮し施行時期を慎重に選択することが重要であるとされているところであって、まず受け入れを依頼し、搬送先の病院に検査をゆだねたY2医師の判断が不適切であったということはできないとして、Y2医師の過失を否定しました。

仮に過失があったとして、患者が死亡したこととの間に相当因果関係が認められるか

裁判所は本件において、Y2医師らにおいて、最も適切な措置を講じることができたことを前提として因果関係について検討しました。

前記のとおり、午前0時14分ころの時点では脳出血が生じていると診断することは無理であって、経過観察としたことは相当であったとしました。しかし、心因的意識喪失であれば意識喪失が30分以上継続することは通常ないのであるから、午前0時14分ころから30分が経過した時点で、改めて診察をし、脳に何らかの異常が生じていることを診断し、直ちに搬送先を探し始めるというのが、Y1病院が取り得た最善の措置であったということができると判断しました。仮に、午前0時14分ころから30分余が経過した午前0時50分の時点で搬送先を探していたとすると、全く仮定の話となるが、Y2医師はN県立医大に依頼したと考えられ、その時点であれば、N県立医大においてたまたま受け入れが可能であったとすると、その場合、直ちに搬送手続を開始したとしても、搬送に30分程度は要することになり、救急車の出動要請もあるので、N県立医大への到着は午前1時30分ころになったと認定しました。そして、人的物的設備が整った国立循環器病センターにおいても、産科医、脳神経外科医、麻酔医らを集め、準備をすすめても、手術を開始するまでに、約2時間(午前5時57分に搬送され、血腫除去術開始は午前7時55分)を要しているのであり、その程度はN県立医大においても必要であったと認定しました。そうすると、N県立医大での手術開始は午前3時30分ころになったと認定しました。

しかし、午前2時ころには、瞳孔が散大し、呼吸が過換気の状態となり、呼吸障害も起こり、「中脳-上部橋期」に相当し、通常非可逆的である。Aの病態の進行は急激であって、午前2時ころから数十分以内に開頭手術を行わないと救命は不可能であったのであるから、午前3時30分ころの時点で緊急の開頭血腫除去術を行っていたとしても、救命の可能性は極めて低かったと認定しました。したがって、午前0時ころに脳出血を発症し進行が急激であったAの病態からすると、Y2医師らにおいて想定しうる最善の方策を講じたとしても、救命することはできなかったということができ、救命できた相当程度の可能性も認めることはできない(仮に、被告病院においてCT検査を実施し、脳出血の診断を得て、その旨搬送先に連絡し、搬送先において予め脳神経外科医による手術準備をしていれば、搬送先病院における受け入れから手術までの時間は短縮できるが、逆に被告病院におけるCT検査の時間を要し、全体として短縮にはならない)と判断しました。

逆に、時系列をさかのぼって検討してみると、前記のとおり、遅くとも午前2時ころから数十分以内には開頭手術(血腫除去術)をする必要があり、その時刻を午前2時30分としてみると、前記の経過からすると、電話で受け入れの依頼をしてから搬送、診断、手術準備までに2時間40分程度(奈良県立医大への搬送までに40分、手術開始までに2時間程度)を要することからすると、7日午後11時50分ころまでに受入依頼をする必要があったといえるが、その時点ではいまだ脳の疾患を疑わせるような所見はなく(疑わせる最初の症状は午前零時ころの頭痛である)、Cを救命することはできなかったということができる、と判断しました。

以上より、Y2医師らにCT検査を実施しなかったことについて過失を認めることはできず、仮に過失を認めたとしても、Aが死亡したこととの間に相当因果関係があるということもできないとして遺族の請求を棄却しました。

そして、判決の最後に付言として、搬送先が3時間経ってもみつからず、その間脳に対する検査や治療がされることなくひたすら待っていた夫の心情に理解を示し、早期に必要な処置を受ける必要がある重症患者について、現場滞在時間が30分以上というのが全体の4%をも占める救急医療の現状を指摘し、救急医療や周産期医療の再生を強く期待したいと述べました。また、本件の病院のような1人医長の問題について必要な処置を講ずる必要があると意見を述べ、産科等の救急医療体制が充実し、1人でも多くの人の命が助けられる事を切に望む、として判決を締めくくりました。

カテゴリ: 2010年10月 6日
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