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No.176「分娩直後に患者が昏睡状態に陥り、数日後に死亡。病院の過失を否定した第一審判決を取消し、適切な輸液の懈怠、全身状態の管理・観察の懈怠、高次医療機関への搬送の遅れに基づく病院の損害賠償責任を認めた高裁判決」

東京高裁平成19年3月27日判決 判例タイムズ1250号266頁

(争点)

  1. 出血性ショックを看過し適切な輸液及び輸血を怠った過失はあるか
  2. 患者の全身状態の管理・観察を怠った過失はあるか
  3. 高次医療機関への搬送が遅れた過失はあるか

(事案)

A(事故当時28歳の健康状態良好な専業主婦)は、平成14年初めころ、居住するB市内の産婦人科医で妊娠と診断されたが、実家に里帰りをして出産することとし、同年6月19日以降、Y医療法人(以下、Y法人)が設置運営し、産婦人科を専門とするY病院に通院を始めた。

同年8月22日、Aは、昼過ぎから痛みを覚え、同日17時ころ、分娩の目的でY病院に入院した。17時40分ころ、陣痛が見られ、21時25分、Aは、Y病院の分娩室に入室した。21時30分、非常勤勤務のD医師の処置により破水(人工)し、血管を確保して、ヴィーンF(酢酸リンゲル液)500mlの輸液の投与が開始された。Aは、22時18分、吸引分娩によって女児を娩出した。

同日22時33分、D医師により胎盤が娩出された(一部癒着胎盤であったので、用手剥離を行った)が、その際に、Aには819gの出血が認められた。そのころ実施された血液ガス検査の結果は、いずれの数値も正常値範囲外であった。

同日22時40分、D医師は会陰切開部の縫合を開始したが、Aは、22時45分、軽度の悪寒、両鼠径部痛を訴え、22時55分から血圧低下、顔色不良、脈拍が微弱となった。23時ころ、血圧が70台となり、出血がやや多めであったので、D医師は、その旨をY病院院長のE医師に連絡した。E医師が来室し、子宮底マッサージを施行したところ、約400gの出血が認められたが、子宮の収縮は良好であった。

23時12分、D医師は、その時点で50ml残っていたヴィーンFを取り外し、新たにヴィーンF500ml及び子宮収縮剤の点滴を2~3秒間に1滴のペースで開始した。23時15分にはD医師による会陰切開部の縫合が終了し、子宮底マッサージがされた時点から、この時点までに約150gの出血が認められたが、これ以降の出血はごく少量となった。

23時20分、E医師は、腹部エコーを施行し、胎盤鉗子によって子宮内容の除去を行った。23時21分、血圧が低下し、新たにヴィーンFの点滴静注が行われた。

23時25分、ヴィーンFの投与を全開とする一方、子宮収縮剤の流量を下げた。その後も、血圧が低く、心拍数が高い状態が続いたため、23時35分、E医師は昇圧剤を投与した。

23時38分、E医師は、子宮内を確認し、胎盤の遺残はなく、腹腔内出血も生じていないことを確認し、子宮後壁の微量の出血に対し、子宮内にホルムガーゼを挿入した。

23時40分、E医師は、バルーンカテーテルを挿入して尿量の測定を始めたところ、20mlの尿が認められた。Aは、軽度顔色不良であったが、意識は認められ、両鼠径部痛を訴えるとともに、「横になりたい、足をのばしたい、部屋に戻りたい」と訴えた。その後も、Aは顔色不良であったが、鼠径部痛の訴えはなかった。

D医師は、翌23日0時5分、Aの症状は落ち着いていると判断し、Aを分娩室からストレッチャーで病室に帰室させた。

しかし、0時6分ころから、Aは胸に手をあててうずくまり、0時7分、「胸が痛い」と答えた。0時12分、意識が混濁し、声かけに反応せず、手を握り返せなくなり、0時15分には刺激に全く反応しなくなった。

0時23分、E医師は国立C病院に連絡し、救急車を要請したが、0時25分、意識はなく、自発呼吸も消失した。0時32分に救急車が到着し、0時37分、新たに輸液が開始され、0時50分、Aは、気管内挿管された状態のまま救急車で国立C病院に来院し、救命治療が行われたが、同月24日13時15分、急性呼吸循環不全により死亡した。

その後、Aの夫X1と子X2(以下、Xら)は、Y病院医師らは、Aが出血性ショックに陥っていることを看過したことによって適切な治療及びAの全身状態の管理・観察をせず、高次医療機関への搬送も遅れた、と主張し、Y法人に対し、Aの死に対する損害賠償を求めて訴えを提起した。

しかし、第一審裁判所は、Xらが主張するY病院医師らの過失を全て否定した上で、Aに本件の症状が発生した原因は出血性ショックではなく羊水塞栓症あるいは肺塞栓症であり、Aの救命可能性も無かった、と判示して、Xらの請求を棄却した。Xら控訴。

(損害賠償請求額)

遺族(夫と子)の請求額:2名合計7797万0208円(夫:3963万5104円、子:3833万5104円)
(内訳:患者の逸失利益4167万0208円+患者の慰謝料2200万円+遺族の慰謝料計600万円(各300万円)+葬儀費用120万円+弁護士費用計710万円(夫360万円+子350万円))

(判決による請求認容額)

第一審の認容額:計0円
控訴審の認容額:計7780万円(夫:3955万円、子:3825万円)
(内訳:患者の逸失利益4190万円+患者の慰謝料2200万円+遺族の慰謝料計600万円(各300万円)+葬儀費用120万円+弁護士費用計670万円(夫340万円+子330万円))

(裁判所の判断)

出血性ショックを看過し適切な輸液及び輸血を怠った過失はあるか

この点につき、控訴審裁判所は、Aは、22時45分に軽度の悪寒、両鼠径部痛を訴え、22時55分から血圧低下、顔色不良、脈拍が微弱になるなどの状況を呈し、23時30分の時点においては、ショック指数は1.5を超えており中等症以上のショック状態にあるとともに、この時点で1820g以上の出血が生じていたことが認められる。そうすると、血圧低下等の生じた22時55分ころには、Aは出血性のショック症状を呈していた、と認定しました。

その上で、ショックに対する措置としては、その原因が何であれ、ショックと診断した段階で急速輸液を実施するのが最も標準的な治療方法であるから、Y病院としては、22時55分の時点でAに急速輸液を行うべきであった、と判示しました。

しかし、Y病院医師は23時25分にヴィーンFを全開で投与したが、全開にした後も1時間当たりの輸液量は490ml程度であって、到底急速輸液ということはできないし、ヴィーンFなどの細胞外液系の輸液の場合、出血量の3~4倍が必要な輸液量とされているほか、膠質液の投与が適当であったことを鑑定人らが指摘していることなどからすれば、Y病院が行った輸液は、標準的な量ないし態様のものではなかったとし、Y病院の医師に22時55分ころにAが出血性のショック症状を呈していたことを看過し、その時点以降急速輸液等適切な輸液を行うことを怠った過失があったと判断しました。

患者の全身状態の管理・観察を怠った過失はあるか

この点につき、控訴審裁判所は、鑑定人らの意見を踏まえ、Aの血液検査、血液ガス分析、尿量のチェックを頻回に行うことによって、輸液の必要性・量、更には輸血を行うかどうかの判断が可能になったものと考えられるとし、これらの検査を繰り返して行わなかった医師らに、Aの全身状態の管理・観察を怠った過失があったと判断しました。

高次医療機関への搬送が遅れた過失はあるか

この点につき、控訴審裁判所は、Y病院は、Aの状況を確認していなかったため、高次医療機関に搬送することが遅れたとして、Y病院の過失を認めました。

控訴審裁判所は、Xらの請求を全て棄却した第一審判決を取り消した上で、上記【控訴審の認容額】記載の損害の賠償をY病院に命じ、その後、判決は確定しました。

なお、患者に死亡に至る症状が生じた原因についても、控訴審裁判所は一審が判断した肺塞栓または羊水塞栓の発症を認めませんでした。

カテゴリ: 2010年10月 6日
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