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No.171 「後縦靱帯骨化症除去前方除圧術により患者に重篤な後遺障害が発生。手術の除圧幅について、ガイドラインの内容に照らして不適切であると判断し、市立病院の医師の過失を認めて市に損害賠償を命じた地裁判決」

大阪地方裁判所平成21年11月25日 判例タイムズ1320号198頁

(争点)

本件手術の術式選択及び除圧幅について医師に注意義務違反が認められるか

(事案)

患者A(昭和2年生まれの男性)は、手がしびれ、握力が低下し、歩行時に右足を引きずるなどの不自由があったことから、平成12年2月15日、Y市が設置管理するY病院整形外科を受診した。

Y病院整形外科医師は、Aを後縦靱帯骨化症(以下、「OPLL」という。また、「OPLL」を後縦靱帯の骨化部分の意味で用いることがある。)の連続型(椎体後面に連続的にできるOPLL)であると診断した。

Aは、同年3月30日、Y病院脳神経外科で、B医師の診察を受け、同年6月19日、OPLLの手術目的でY病院脳神経外科に入院(本件入院)し、B医師が主治医となった。

B医師は、同年6月23日、Aに対し、C4~C7(第4頸椎から第7頸椎のことであり、以下同様の表記をする)のOPLL除去前方除圧術(第1手術)を行った。第1手術では、骨化巣の10mm幅での部分切除が行われた。第1手術後、Aには、両下肢麻痺及び両上肢の著しい運動障害が生じていた。B医師は、Aの上記症状は一過性の脊髄循環障害であると考え、ステロイドを投与したが、投与後24時間経過した時点で改善の傾向がなく、麻痺の進行が認められた。

B医師は、同年6月26日、Aに対し、C3~C4OPLL除去前方除圧術(第2手術)を行った。第2手術では、C4で12~13mm、C5で14~15mm、C6で10~11mm、C7で8mmの幅で切除したが、骨化巣は部分的に摘出されたにすぎず、いまだ残存している部分があった。第2手術後、Aには、四肢麻痺により重篤な後遺障害が生じた。

平成19年11月16日、Aは肺炎により死亡した。

AはB医師の注意義務違反により後遺障害(後に死亡)が生じたとして、Y市に対して損害賠償請求を求めて訴訟を提起したが、その後Aが死亡(当時80歳)したため、Aの妻Xが本件請求債権を相続し、訴訟を承継した。

(損害賠償請求額)

患者の請求額:9952万円
(内訳:介護費用4923万円+逸失利益1218万円+死亡慰謝料又は後遺障害慰謝料2700万円+入通院慰謝料207万円+弁護士費用904万円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:1770万円
(内訳:介護費用810万円+逸失利益0円+慰謝料800万円+弁護士費用160万円)

(裁判所の判断)

本件手術の術式選択及び除圧幅について医師に注意義務違反が認められるか
(1)第1手術における術式選択について

裁判所は、まず、ガイドライン(日本整形外科学会診療ガイドライン委員会/頸椎後縦靱帯骨化症ガイドライン策定委員会が平成17年に作成)では、前方法は除圧目的の骨化巣切除術・浮上術などの前方除圧術と前方固定術に分けられること、前方法と後方法で術式による手術成績に明確な差はなく、骨化巣切除術か骨化浮上術かの選択は、骨化の程度と術者の経験・技量を踏まえて決定すればよいとされていることを指摘しました。そして、脊髄の分野の権威であり、Aが手術前に診察を受けたF病院整形外科のD医師は骨化浮上法を推奨するが、ガイドラインにおいては、神経根麻痺(上肢麻痺)に関し、骨化浮上術術後のC5麻痺は、67例中の6例(9%)に発生したとの報告が記載されており、骨化浮上法であれば脊髄麻痺が発生しないと一般的にいうことはできない、としました。その上で、B医師は、日本脊髄外科認定医師であり、第1手術までに100例程度の脊髄外科手術を経験し、前方固定術についての症例を論文で発表していることなどからすると、B医師において、患者Aに対するOPLLの治療法として前方法の一つである骨化巣切除術を採用したことをもって不適切であったとまでいうことはできない、とし、B医師の術式選択についての注意義務違反を否定しました。

(2)本件手術における除圧幅

裁判所は、ガイドラインの記述を根拠に、本件手術時においても20mm以上が除圧幅の目安の一つであったということができる、と判断しました。

そして、ガイドラインは目安の一つにすぎないのであるから、何らかの理由に基づいてこれと異なる除圧幅とすることを否定するものではないが、B医師が除圧幅を上記のとおりとした理由は、「切除した部分にはめ込む人工椎体の幅は13mmあるので、それが入れば除圧幅が狭すぎることはない」というものであり、ガイドラインの内容に照らして合理性のある理由とはいい難い、と判示しました。

そして、B医師が原告に対し脊髄の分野の権威者として紹介したD医師も、本件手術において切除の幅が骨化巣の幅よりも狭いため、骨化巣の完全切除ではなく多くの部位で骨化巣の両外側端が残る部分切除になっており、除圧術の原則である「全域同時除圧」が順守されていないこと、除圧幅は予想される骨化巣の幅よりも広くする必要があり、本例では20mmが適切であることを指摘している、と判示しました。

したがって、B医師の本件手術における除圧幅は狭すぎ、不適切であったということができる、として、本件手術におけるB医師の注意義務違反を認めました。

そして、裁判所は、B医師による本件手術における除圧幅が狭すぎたために残存した骨化巣により神経損傷が生じ、四肢麻痺が生じたと認定し、B医師の注意義務違反と後遺障害との間に因果関係を認めました。他方で、A死亡の結果との間の因果関係は否定しました。

以上より、上記裁判所の認容額の限度で遺族の請求を認めました。

カテゴリ: 2010年7月 1日
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