前橋地方裁判所平成21年2月27日判決 判例タイムズ1314号267頁
(争点)
- 午前6時の診察時に、医師が患者に適切な処置を行い、または直ちに専門医に転送すべきであったのにしなかった過失の有無
- 午前9時の診察時に、医師が患者を直ちに専門医に転送すべきであったのにしなかった過失の有無
(事案)
患者A(女児)は平成15年1月8日、Y医師が開設するY産婦人科において出生した。同年2月2日の早朝、Aは38度4分の発熱があり、同日午前6時、Y産婦人科を受診した。Aの症状は大泉門はへこんでおらず、どちらかといえば膨隆しているという程度の変化や落陽現象が時々認められたが、元気に啼泣するという状態であった。Aを診察したY医師は、Aの母であるX1に対し、午前8時30分に再度来院するように指示した。Y医師は午前9時過ぎに再びAを診察した後、K総合病院NICU(新生児集中治療室)のH医師に電話し、Aの病状を説明したところ、H医師から同病院に来院させるように指示された。そこで、Y医師は再度X1に対し、Aを連れて一旦帰宅して紹介先のK総合病院を午前11時30分ころに受診するように指示した。
しかし、その後Aはショック状態に陥ったため、午前10時ころにK総合病院を受診し、入院となった。Aは、化膿性髄膜炎及び敗血症性ショックと診断され、その後髄膜炎から脳炎を併発し、神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するものとして身体障害者等級1級との認定を受けた。その後、平成17年11月21日Aは肺炎により死亡した。
患者Aは、Y医師は診察時に髄膜炎等の重大な疾患を疑い直ちに適切な処置を行うか、専門医に転送等すべきであったのにこれを怠った過失により、Aに後遺症を発生させ、よって死に至らしめたとして、Y医師に対して損害賠償請求を求めた。 なお、当初の原告は患者Aであったが、平成17年11月21日にAが死亡したため、同人の父母であるX1、X2が原告の地位を承継した。
(損害賠償請求額)
患者遺族の請求額:合計1億2571万5826円
(内訳:逸失利益3801万0724円+介護料4628万5102円+後遺症慰謝料3000万円+弁護士費用1142万円)
(判決による請求認容額)
裁判所の認容額:0円
(裁判所の判断)
午前6時の診察時に、医師が患者に適切な処置を行い、または直ちに専門医に転送すべきであったのにしなかった過失の有無
(1)適切な処置を行わなかったか否かについて
まず、裁判所は、患者Aが罹患したのは遅発型GBS感染症の劇症型・敗血症型であり、本件の医学的知見によれば、遅発型GBS感染症は発病率が低く、特に劇症型・敗血症型については日本ではまだ広くは認知されていない上に、それまで元気だった児が突然敗血症性ショックに陥るため予測は不可能であると認定しました。したがって、Y医師がAを診察した際、遅発型GBS感染症の劇症型・敗血症型を疑って、Aに対する処置を行わなかったとしてもY医師に過失があるとはいえないとしました。
次に、Y医師がAについて髄膜炎一般を疑い、適切な処置を行うべきであったか否かについては、午前6時の時点で、Aの大泉門膨隆、哺乳不良、落陽現象の症状の確認が不確実であって、Aについて髄膜炎を具体的に疑うべき症状ではなかったことから、産婦人科医師であるY医師において、Aが髄膜炎に罹患していることを疑い、直ちに抗生剤を投与するとともに、血液培養やルンバール検査を行うなどの処置をすべきであったとまではいえず、これらの措置を行わなかったからといってY医師に過失があるとはいえないとしました。
(2)転送義務があったか否かについて
この点について、裁判所は、発熱等の諸症状を考慮し、3時間の経過観察としたY医師の処置は不適切であったとはいえないと認定しました。したがって、Y医師に午前6時の段階で即時に専門医へ転送しなかったことについて過失があったとはいえないとしました。
午前9時の患者の診察時に、同人を直ちに専門医に転送すべきであったのにしなかった過失の有無
まず、午前9時の段階でも、午前6時の時点と同様、Aに具体的に髄膜炎を疑うべき症状であったとはいえないと認定しました。その上で、Y医師は、K総合病院NICUのH医師に電話し、午前1時から哺乳力が低下していること、生後1か月未満児の発熱であり、午前6時の段階で体温は38.4度であったこと、アンヒバ座薬50mgを投与し、現在の体温は37.5度となっていることなどを説明したところ、H医師はY医師に対し、午前11時から11時30分までの間にK総合病院に来院させるよう指示したので、Y医師はX1に対して、K総合病院への紹介状を渡した上、K総合病院から11時30分ころ来院するようにいわれたから、一旦家に帰って、そのころ行ってください、との指示をしたのであるから、Aの午前9時ころの上記症状に照らせば、H医師の指示を超えて、直ちに専門医へ紹介すべき義務があったとはいえないとしました。そして、Y医師はAが他の専門の診療機関において必要な検査、治療を速やかに受けることができるように、相応の措置を講じたといえることから、裁判所は、Y医師の転送義務違反の過失を否定しました。
さらに、裁判所は遅発型GBS感染症の劇症型・敗血症型の病態は不明で、発症後の治療方法は確立されておらず、抗生剤の投与によってもその進行を止められないと認定し、鑑定の結果によると午前5時にはAは遅発型GBS感染症の劇症型・敗血症型を発症しており、Aを午前6時あるいは午前9時に転送しなかったこと、Aに生じた後遺症又はAの死亡結果との間に相当因果関係は認められないとも判示して、原告の請求を認めませんでした。