京都地裁平成17年7月12日判決 判例時報1907号112頁
(争点)
- 医師と准看護師の医療行為に過失はあったか
- 病院に事故原因の調査・報告義務違反があったか
(事案)
X1(事故当時6歳の女児)は、平成13年1月15日、体中に赤い発疹のようなものが出たため、Y1医療法人(以下、Y1法人)の設置するY病院においてY2医師(産婦人科及び小児科)の診察を受けた。
Y2医師は、X1の症状を蕁麻疹と診断し、Y病院のA看護師に対し、塩化カルシウム注射液(Y2医師が想定していた薬剤は「大塚塩カル注2%」)20mlを、5分かけてゆっくりX1に静脈注射するように指示した。A看護師は、同指示を診療録に記載した上で、処置室に診療録を持参して、Y3准看護師に対し、静脈注射を行うよう申し送ったが、Y3准看護師は、塩化カルシウム液と塩化カリウム液(コンクライトーK)とを誤解して、X1に対し、コンクライト-Kを原液のまま静脈注射した(以下、本件注射)。この際、Y2医師は注射に立ち会っていなかった。
本件注射の途中で、X1は「痛いからやめて。」等と叫び、そのうち、白目をむいて、ぐったりした状態になった。X1は、心肺停止状態に陥り、救急措置室に運ばれ、しばらくの間、Y2医師がX1の腹部あたりを押し上げる措置をとっていたが、その後、看護師の連絡により駆けつけたY病院の医師らがアンビューバッグ装着や心臓マッサージ等の蘇生措置を行った後に、X1はB病院に搬送されたが、急性心停止による低酸素脳症を発症し、両上肢機能全廃、両下肢機能全廃、体幹機能障害の後遺症が遺り、身体障害1級の認定を受けた。
本件医療事故発生後、Y病院では、Y3准看護師が注射したのは塩化カリウムだったのではないかとの噂が広まっていたが、看護師らに対しては「余計なことは言ってはいけない」との指示が出された。Y病院院長は、平成13年3月、保健所所長にあてて、過失、誤認がなかった旨の報告をし、同月の記者会見においても、同様に述べた。同年4月の医師会医療事故担当係あての医療事故報告書では、蕁麻疹の治療として、塩化カルシウムの注射で効果があるという趣旨のY2医師の見解をそのまま記載した。さらに、同年4月10日付のX2(X1の父親)宛の書面でも、Y2医師、Y3准看護師の医療行為が妥当であった旨を述べた。
その後、Y病院は、平成15年11月13日、報道機関に向けた書面の中で、塩化カルシウムが蕁麻疹を適応症例として認めていない薬剤である旨を明確に記載した。しかし、Y病院は、上記の経過の中でも、塩化カルシウムの効能・効果についてすらX2、X3(X1の母親)に対して明確に説明することはなかった。
そこで、X1及び両親であるX2、X3は、Y2医師、Y3准看護師及び使用者であるY1医療法人に対しては不法行為に基づく損害賠償を、Y1医療法人に対しては、診療契約に基づく調査・報告義務がなされなかった債務不履行に基づく損害賠償をそれぞれ求めて、訴えを提起した。
(損害賠償請求額)
患者の請求額 :計2億4802万7695円
(内訳:治療費92万1820円+付添看護費139万円+入院雑費18万0700円+器具購入費10万1124円+衣服・紙おむつ等6万2529円+家屋改造費29万2000円+専用車両購入費98万4150円+将来の看護費用1億3153万6510円+将来の雑費712万9472円+後遺障害逸失利益5035万9390円+入院慰謝料162万円+後遺障害慰謝料3000万円+弁護士費用2245万円〔以上は医師・准看護師・医療法人連帯〕、報告義務違反に基づく慰謝料100万円[医療法人のみ対象])
両親の請求額 :各計550万円
(内訳:精神的苦痛に対する慰謝料500万円+弁護士費用50万円[以上は医師・准看護師・医療法人連帯])
(判決による請求認容額)
患者の請求分 :計2億4005万1230円
(内訳:治療費92万1820円+付添看護費139万円+入院雑費18万0700円+器具購入費10万1124円+衣服・紙おむつ等6万2529円+家屋改造費29万2000円+専用車両購入費98万4150円+将来の看護費用1億2601万0045円+将来の雑費712万9472円+後遺障害逸失利益5035万9390円+入院慰謝料162万円+後遺障害慰謝料3000万円+弁護士費用2000万円[以上は医師・准看護師・医療法人連帯]、報告義務違反に基づく慰謝料100万円[医療法人のみ対象])
両親の請求分 :各計440万円
(内訳:精神的苦痛に対する慰謝料400万円+弁護士費用40万円[以上は医師・准看護師・医療法人連帯])
(裁判所の判断)
医師と准看護師の医療行為に過失はあったか
この点に関して、裁判所は、以下のように判示しました。
(1)Y2医師の過失について
Y2医師は、塩化カルシウム注射液の静脈注射を指示したが、医師が看護師等に対して静脈注射等の行為を指示する場合、医師は、その注射すべき薬剤の種類、注射量、注射方法、速度等について、指示に誤解が生じないよう、的確に指示することはもちろん、薬剤の種類や危険性によっては医師自ら注射したり、あるいは少なくとも注射の場に立ち会うなどして、誤注射等の事故発生を防ぐべき注意義務を負っているから、大塚塩カル注2%の用法(静脈注射をする場合、緩徐に行うこと)からすれば、Y3准看護師に単独で行わせるのではなく、自ら注射を実施するか、あるいは少なくとも注射をする場に立ち会い、注射事故の発生を防ぐべき注意義務を負っていたものというのが相当であるが、Y2医師は、本件注射に立ち会うことすらしなかったから、上記注意義務に違反した過失がある。
(2)Y3准看護師の過失
Y3准看護師は、Y2医師の指示を誤解して、塩化カリウム液であるコンクライト-Kを、X1に対して原液のまま静脈注射したが、准看護師が医師の指示に基づいて静脈注射を行う場合、准看護師は、薬剤の種類、量、投与方法等を十分確認の上投与することはもちろん、医師の指示内容に不明な点や疑問点等があれば、医師や薬剤師に再度確認する等して、薬剤の誤投与、誤注射を防ぐべき注意義務を負っているところ、本件の場合、コンクライト-Kの箱及びアンプルのラベルには、「希釈・点滴」との文字が印刷されているのであるから、コンクライト-Kが希釈の上点滴投与されるべき薬剤であることは容易に認識し得たはずである上、Y3准看護師自身、本件注射以前にも、コンクライト-Caやコンクライト-Kの処方指示を受けたことがあるが、原液のまま静脈注射したことはなかったから、原液のまま静脈注射するようにとのY2医師の指示について、同医師に対して、その適否、希釈の必要があるのであればその程度、投与量、速度等について確認すべき注意義務があったといえる。
しかるに、Y3准看護師は、Y2医師に対して何らの確認をしないまま、コンクライト-Kを原液のまま静脈注射したから、上記注意義務に違反したといえ、過失がある。
以上より、裁判所は、不法行為に基づく損害賠償を、Y2医師、Y3准看護師、及び、両名の使用者であるY1医療法人に命じました。
病院に事故原因の調査・報告義務違反があったか
この点について裁判所は、まず、診療契約の締結を前提に、受任者である医療機関ないし医師は、診療契約上の債務ないしこれに付随する債務として、患者の治療に支障が生じる場合を除き、委任者である患者に対し、診療の内容、経過及び結果を報告する義務があるといえ、このことから、委任者である患者について医療事故が起こった場合、委任者である患者(本件ではX1が6歳なので、法定代理人である両親)に対し、医療事故の原因を調査し、報告する義務がある、と判示しました。
そして、本件医療事故発生後のY1法人らの対応によれば、そもそも塩化カルシウム注射液が蕁麻疹に対して効能・効果を有しないことや、コンクライト-Caが静脈注射による使用を予定していない薬剤であることは、極めて単純な調査で直ちに判明する事柄であり、Y1法人は、本件医療事故後間もなく、この事実を認識していたと推認できるところ、平成13年3月の保健所に対する報告や、同年4月の医師会医療事故担当係あての医療事故報告書においても全く上記の点に触れることなく、Xらに対する説明も、平成13年4月10日付けのX2に対する書面においても、Y2医師の指示を妥当であるとしており、Y3准看護師も指示通りの医療行為を行った旨述べていることが記載されており、本件医療事故の事故調査の説明・報告としては誠意あるものとは到底いえない。そして、Y1法人は、本件医療事故から約2年10カ月経過した平成15年11月13日になって、初めて、塩化カルシウムが蕁麻疹を適応症例として認めていない薬剤であることを認めるに至ったものである、と認定しました。
以上から、Y1法人は、X1に対して、本件医療事故について事故原因の調査・報告義務を怠ったといえる、と判示して、裁判所は、Y1法人に慰謝料の支払いを命じました。
もっとも、同義務は、診療契約に付随する義務として、契約の相手方であるX1に対して負うのであり、X2、X3に対して負うものではない、と判示して、調査・報告義務の懈怠に対するX2、X3固有の慰謝料請求は棄却しました。