東京高等裁判所平成21年4月15日判決 判例時報2054号42頁
(争点)
- 医師には、割り箸片による頭蓋内損傷を予見することが可能であったか
- 患者が死亡するに至った経緯・原因について医師らが患者の両親に虚偽の説明を行ったか
(事案)
患者A(平成6年10月生、当時4歳9か月)は、平成11年7月10日、福祉施設で開催されていた盆踊り大会にボランティア参加していた母X1に同行していたが、午後6時5分頃、綿菓子の割り箸をくわえたまま転倒し、割り箸が軟口蓋に刺さった。Aは救急車で、学校法人Y1の開設する特定機能病院であるY大学医学部附属病院(以下Y大学病院)に搬送され、耳鼻咽喉科医師Y2が診察を担当した。
Y2医師は、救急救命士の資格を有する救急隊長からの引継ぎを受けて、5分ほどAの診察を行い、口腔内の受傷部位を消毒し、消炎剤や抗生剤を含む軟膏を傷口に塗布し、抗生物質や消炎・鎮痛剤を処方してAらを帰宅させた。
翌11日午前7時30分頃、患者Aの父X2がAの異常を発見したため、Aは直ちに救急車でY大学病院に搬送され、午前8時15分、3次救急外来に収容された。Aは、既に心停止しており、Y大学病院の医師らは人工呼吸や心臓マッサージを施したが、午前9時2分、Aの死亡が確認された。
同月12日、Aの司法解剖が行われ、Aの頭蓋内に長さ約7.6センチメートルの割り箸片が残存したままであったことが判明した。
そこで、Aの両親X1とX2が、学校法人Y1とY2医師に対して損害賠償請求訴訟を提起し、一審(東京地方裁判所)は、Y2医師に注意義務違反はなく、Y大学病院の医師らの説明に不適切な点は無かったと認定判断して、X両名の請求を全て棄却したため、X両名が控訴した。
(損害賠償請求額)
合計8960万3966円(両親各自4480万1983円)
(内訳:患者Aの損害(逸失利益3510万3966円+慰謝料3500万円+葬儀費用150万円)を両親X1、X2がそれぞれ2分の1ずつ相続したもの+両親固有の慰謝料各500万円+弁護士費用各400万円)
※上記内訳は患者遺族の主張によるものであるが、葬儀費用は葬儀主宰者である患者遺族の固有の損害と扱われるのが一般的。
(判決による請求認容額)
一審(東京地方裁判所) 0円
控訴審 0円
(裁判所の判断)
医師には、割り箸片による頭蓋内損傷を予見することが可能であったか
この点につき、裁判所は、Aの受傷機転は、綿菓子の割り箸をくわえて歩行中転倒し、のどに刺さったものであること、傷口は、縦約5ミリメートル、横約7ミリメートルの裂傷で、傷口からの出血もなく、口腔内にも異物が認められず、捲綿子で傷を広げて触ってみても硬いものに触れることもなかったこと、異物が、塗り箸や鉄箸、串などではなく割り箸で、一般的に先端が鈍形で折れやすい材質・形状であったこと、救急隊長から引継ぎの際に、Aが自ら割り箸を抜いたと知らされていた(傷の深さは、子供の力でも割り箸を容易に抜去することができる程度にとどまるものと考えるのが通常である)こと、などから、Y2医師にとって、折れた割り箸が創傷内に残存することを予見することは著しく困難であったと判断しました。また、Aのその他の身体の状況として、搬送中のバイタルサインにも異常がなく、意識障害や神経学的な異常所見も認められなかったと判示しました。
なお、Aの死亡は、割り箸片が頸静脈孔を貫通して、小脳実質の直接損傷に至ったという頭蓋内損傷が契機となったものであるが、異物、特に割り箸のような木片が軟口蓋に刺さったことにより頭蓋内損傷が生じる症例は、皆無に近い程度に極めて稀であるというのが、平成11年当時の一般的な医学的知見であること、頭蓋底を穿破して異物が脳幹部に達した場合には、即死か高度の意識障害、四肢麻痺が起きるのが通常であるというのが一般的な医学的知見であるが、Aにはそのような症状もなかったと判示しました。
これらを踏まえて、裁判所は、Y2医師が頭蓋内損傷を具体的に予見することが可能であったとは認められないから、頭蓋内損傷が生じていることを疑ってCT等画像検査を行うべき注意義務を負うとは認めることができないと判示し、Y2医師の注意義務違反を否定しました。
患者が死亡するに至った経緯・原因について医師らが患者の両親に虚偽の説明を行ったか
医師らがAの死亡確認の直後や、死亡当日、通夜直前に、遺族に対して「割り箸を刺したことが死因かどうか判断がつかない、あくまでも可能性に一つとしては考え得る」「割り箸が口内に刺さり、亡くなったということは聞いたことがない」「割り箸は先端が鋭利でないし、それが頭蓋底を貫通するなどということはあり得ないのでCTを普通は撮らない」「CTを撮らなかったのはやむを得ない判断である」「自分の子供でもCTを撮らない」などと説明・発言したことについて、裁判所は、これらの発言が明らかに虚偽であったとはいえないとして、両親の主張を退けました。