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No.163「末期癌患者に一般的な医学的知見の裏付けを欠く治療を医師が実施。有効な治療を受けられるという患者の期待権侵害を認め、医師に損害賠償義務を命じた地裁判決」

山口地裁岩国支部平成19年1月12日判決 判例タイムズ1247号310頁

(争点)

  1. 医師の債務不履行((1)診断義務違反、(2)治療義務違反、(3)説明義務違反、(4)転医勧告義務違反)の有無
  2. 医師の債務不履行と因果関係のある損害

(事案)

A(昭和27年生まれの女性)は、平成14年8月26日にB病院で診察を受け、同病院の医師から、進行した膵臓癌に罹患しており、余命が短ければ3カ月、長くても半年から1年もつかどうかわからない状態である旨告知された。

Aは、同病院に入院を予約し、病床に空きを待っていたが、友人から、B病院での治療では絶対に癌は治らないが、友人の兄であるY医師(Y医院の名称で無床診療所を開設している)の治療を受ければ絶対に助かるなどと勧められた。また、Y医師に、B病院に入院する話をしたところ、Y医師から反発され、突き放すようなことを言われた。

Aは、Y医院では、抗癌剤を用いずに治療してもらえる上、Y医師が実践している治療法によれば膵臓癌が治るかもしれないと考え、同年8月31日、Y医師と診療契約を締結し、治療を受けることにした。

Y医師は、Aに対して磁石診断(診断の対象となる部位に対応する「つぼ」に、小さい金槌状の器具の先端に取り付けられた磁石を押し当てて患者の脈を取り、N極を押し当てた時とで生じる脈の強弱を比較し、その数値を所定の一覧表と対照することにより、各部位の癌細胞の有無などといった状態を診断する方法)を実施し、Aが膵臓癌である旨診断した。Aは、Y医師と診療契約を締結し、Y医院に併設されたY医師自宅の2階の空き部屋に滞在することとなり、X(Aの実母)も、一緒に起居することにした。

Y医師は、診察・検査のために、Aに磁石診断を継続して実施していたが、腹部エコー検査や胸部レントゲン写真撮影も実施していた。

Y医師は、Aに対して玄米食などの健康食を勧めて食事療法を実施した。また、継続して、「貼薬治療」(治療の対象となる部位に対応する「つぼ」に、漢方薬を煎じた汁を染みこませた3㎜四方程度の小さい紙片を貼り付けて、癌細胞の消滅などの治療効果を得るという療法)を実施した。さらに、継続して漢方薬(白花蛇舌草、半枝蓮)を服用させ、痛み止めとして、レシカルボン坐薬、ボルタレン坐薬、湿布等を投与した。

なお、磁石診断及び貼薬治療は、伝統的な漢方医学を基礎としてC医師が創始し、約30年間にわたって臨床で実践しているものであるが、C医師の影響を受けた医師により実際に行われているにとどまる。なお、10月9日にはY医師はAをC医師の医院に連れて行き、C医師の診察も受けさせた。

Aは、同年11月5日、D病院を受診し、直ちに同病院に入院したが、11月12日、膵臓癌、肝転移、肺転移により死亡した。

そこで、Aの唯一の相続人であったXは、Y医師に対し、不法行為又は診療契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求を主張して、訴えを提起した。

(損害賠償請求額)

遺族の請求額:3850万円
(内訳:患者自身の死亡慰謝料3000万円+遺族固有の慰謝料500万円+弁護士費用350万円。又は、遺族の期待権侵害による慰謝料3500万円+弁護士費用350万円)

(判決による請求認容額)

770万円
(内訳:患者の期待権侵害による慰謝料700万円+弁護士費用70万円)

(裁判所の判断)

医師の債務不履行((1)診断義務違反、(2)治療義務違反、(3)説明義務違反、(4)転医勧告義務違反)の有無

この点について裁判所は、以下のように判示をして(1)(2)(3)(4)の各義務違反(債務不履行)を認定しました。

(1) 診断義務違反

Y医師が行った磁石診断は、西洋医学のように科学的手法を中心として得られた知見に照らして有効性が検証されているものではなく、伝統的な東洋医学や漢方治療のように数千年にわたって数知れない医師らによって積み重ねられた経験と研究に支えられているものでもないのであって、その有効性を担保するものは、C医師や同人の理論に賛同する医師の主張と経験以外にない状態であり、また、そのC医師の報告は未だ磁石診断の有効性を客観的に示したものとして信頼できるものとは言えない。したがって、磁石診断は、明らかにその有効性について客観的な裏付けを欠くものである上、西洋医学からも、伝統的な東洋医学や漢方医学からも、全く合理性を欠くものと評価されているものであることが認められる。

以上より、Y医師がAに実施した磁石診断は、医学的な合理性を欠くものであって、Aに対して医学的に合理的な治療方針を立てる上で依拠するに足りる情報を与える診断法ではなかった。

(2) 治療義務違反

貼薬治療についても、磁石診断と同様、明らかにその有効性について客観的な裏付けを欠くものである。

また、Y医師がAに投与した漢方薬の効果は、癌の成長速度の抑制が期待できるにとどまり、既に発生した癌を退縮させることまでは期待しがたいものであり、投与量も、せいぜい癌治療後の再発予防にそれなりの効果が期待できる量程度か、それを下回るものであり、Aの膵臓癌が既に相当程度進行していたことを合わせて考えれば、Y医師がAに漢方薬を投与したことによって、Aの癌を退縮させる効果が得られていたとは考えられず、癌の成長速度を抑制するという効果すらほとんど期待できなかった。

さらに、食事療法についても、Aの病状の変化に応じて食事の内容が変わることはなく、献立や調理法についての具体的な指示を与えていたわけでもなく、AだけでなくXや見舞客も同じ内容の食事を摂っていることなどから、Y医師の指示によって調理された食事を摂ることが、それ自体において、あるいは貼薬治療や漢方薬投与と相乗的に、膵臓癌に対する治療効果を生むなど、特段の治療効果を有するものであることをうかがわせる事情は認められないから、Y医師が食事療法として行っていた摂食指導は、一般的な健康食の勧めという程度の意味合いにとどまるものであった。

以上より、Y医師がAに対して行った治療のうち、膵臓癌に対する治療として意味を有していたのは、膵臓癌の進行程度に照らしてかなり少量の漢方薬を処方して投与したことと、一般的な健康食の勧めと言える程度の摂食指導を行ったことに尽きるのであって、末期の膵臓癌患者であったAに対する治療としては、一般的な医療水準に照らして適切なものであったものとは到底評価できない。

(3) 説明義務違反

Y医師が実施していた診断法及び治療法は、客観的に検証可能な方法でその有効性が認められているものではなかったのであり、このような診断法及び治療法を勧めるに際しては、Aがそのような診断法及び治療法による診療行為を受けるか否かを判断できるよう、単にその診断法及び治療法の外形的内容だけでなく、それらが特殊なものであって、客観的に検証可能な方法で有効性が認められているものではないことや、依拠する根拠を明らかにしつつ、その治療法による症状の改善の見通し等についても適切かつ具体的に説明する義務があるというべきである。

ところが、Y医師は、Aに対して、このような留保を全く付することなく、あたかも貼薬治療と漢方療法により膵臓癌の治癒が期待できるかのような説明に終始した上、具体的に膵臓癌が治療に向かっているかのような説明をするなどしていたものであり、上記説明義務を怠ったものと認められる。

(4) 転医勧告義務違反

少なくとも、Aに対して腹部エコー検査を実施した平成14年9月3日の時点で、Y医師は、自ら直接にAの膵臓癌の進行の程度を知ることができたことが認められる。そして、9月3日の時点で、一般的な医学的水準を有する医療機関であれば、Aの膵臓癌の完治や軽快までは望み得ないものの、Aの膵臓癌の進行を遅らせたり、膵臓癌による身体的苦痛に対する対症療法を施すなど、Y医師よりもAに対して明らかに有効適切な治療を行い得たものと認めることができ、Y医師は、同時点において、自身の診断及び治療によっていては、Aの膵臓癌をほとんど自然に進行するに任せることとなることが明らかであったものであるから、一般的な医学的水準を有する医療機関への転医をAに勧告するべき義務があったものと認めることができる。

医師の債務不履行と因果関係のある損害

この点について裁判所は、Y医師が、本件診療契約上の説明義務及び転医勧告義務を履行していれば、AがY医師の診断及び治療を当初から、あるいは少なくとも9月3日以降は受診しなかったであろうと認められ、かつ、その時点で、Y医院で、診断義務及び治療義務に反する不適切な診断及び治療を受けることを中断し、一般の医療機関で通常の医療水準による治療を受けていれば、11月12日の時点でなお生存していたことについて、相当の可能性があったものと認めることはできるものの、11月12日の時点で生存していたことを、蓋然性をもって認定することまではできない。

したがって、Y医師の本件診療契約上の義務違反とAが適切な診察及び治療を受けられなかったことによる期待権侵害との間には因果関係があると認めることができるが、同義務違反とAの死亡との間には因果関係があると認めることはできない、としました。

その上で、裁判所は、Aは、Y医師から、Y医師やC医師の診察や治療を受ければ、膵臓癌の治癒又は軽快が得られる見込みが大きいかのような説明を受け、また、Y医院で受診している間も、膵臓癌が治癒に向かっているかのような説明を受け、膵臓癌の治癒又は軽快のために有効適切な治療を受けているものと信頼していたが、約2カ月の間、現実には、Y医師から、医学的に合理性が認められる診断を十分に受けることができなかった上、Aの膵臓癌の進行程度からみてかなり少量にとどまる漢方薬の投与を受けた以外には、一般的な医学的水準に照らして明らかに不適切な措置を治療として施され、適切な治療を受けることができず、Y医院での受診を自ら中止した後わずか一週間で死に至っている。

このようなY医師のAに対する説明、診断及び治療の不適切さを考慮すれば、Aが、Y医院での受診を開始した時点で既に末期の膵臓癌に罹患しており、余命がほとんど残されていない状態であったことを考えてもなお、期待権を侵害されたことによる精神的苦痛は、極めて強かったものと考えることができる、として、700万円の慰謝料を認めました。

以上より、裁判所は、患者の遺族の請求を上記裁判所の認容額の範囲で認めました。

カテゴリ: 2010年3月 8日
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