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No.161「医師が気管支喘息の患者に気管支拡張剤を処方して患者に不整脈が悪化。処方自体についての債務不履行は否定し、薬剤の副作用についての医師の説明義務違反を認めた判決」

札幌地方裁判所平成19年11月21日判決 判例タイムズ1274号214頁

(争点)

  1. 医師が気管支拡張剤を処方したことが債務不履行に当たるか
  2. 医師が気管支拡張剤の副作用を説明しなかったことについて説明義務違反が認められるか

(事案)

患者X(昭和26年生まれの男性)は、心臓の既往症があり、平成9年ころから喘息の症状が現れるようになり、いくつかの病院で気管支の炎症を抑えるステロイド薬であるフルタイドの処方を受け、使用していた。Xは、平成16年9月末ころ、咳と痰の症状がひどくなったことから、同年10月14日、はじめて医療法人社団Y呼吸器科・内科クリニック(Yクリニック)を受診し(本件初診)、理事長であるY医師の診察を受けるとともに、Yクリニックとの間で、喘息治療を目的とした診療契約(本件診療契約)を締結した。

Y医師は、Xの病状から、Xが気管支喘息にり患していると診断した。

Y医師は、患者が現在使用している薬剤を確認したり、患者に対して薬剤の使用方法等を説明したりするために、診察室の机上に、喘息治療薬の容器を10個ほど置いていたところ、Xはフルタイドは他の病院から貰った手持ちのものがあるため必要ないと述べるとともに、セレベントの入った容器を指さしながら、「これは心房細動がでるので使用しないでください。」と述べた。そこで、Y医師は、Xからβ2刺激剤であるセレベントを使用しないように求められたと理解した。そして、Y医師は、Xがフルタイドを使用しているにもかかわらず呼吸がひゅうひゅうすると訴えており、喘息の程度としては中程度であると判断したことから、気管支拡張剤を使用する必要があると判断し、同日及び同月29日、Xに対し、喘息治療のため、気管支を拡張する作用のあるテオフィリン薬であるテオドール錠100㎎を、1日4錠(朝夕食後各2錠)の割合で14日分ずつ処方した。

Xは、10月29日に痰が切れないと訴え、11月12日には寝る前にひゅうひゅうと訴えるとともに、不整脈の出現を訴えたことから、Y医師は、テオドールの処方を中止した。

Xは、平成17年3月9日にH大学病院で発作性心房細動との、平成18年2月13日には、S大学付属病院で心房細動(Af)/心房性期外収縮(PAC)/PIECE症候群の疑いとの各診断を受けた。

そこで、患者Xは、Y医師にXに処方すべき薬剤の選択を誤った過失があり、これによってXの不整脈が悪化したとして、Yクリニックに対し、債務不履行に基づく損害賠償を求めた。

(損害賠償請求額)

患者の請求額:合計2000万円
(内訳:合計3390万7226円(入院慰謝料200万円+逸失利益2290万7226円+後遺症慰謝料700万円+弁護士費用200万円)のうち一部を請求)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:合計110万円
(内訳:慰謝料100万円+弁護士費用10万円)

(裁判所の判断)

争点1 医師が気管支拡張剤を処方したことが債務不履行に当たるか

裁判所は、まず、本件初診時の患者Xの症状は気管支の攣縮を伴う気管支喘息であったところ、このような症状に対してはステロイド薬では効果が十分ではないとされており、実際にも、Xは、本件初診時以前からステロイド薬であるフルタイドを使用していたにもかかわらず、本件初診の際、呼吸がひゅうひゅうしていたことに照らせば、Xに対しては、テオフィリン薬やβ2刺激薬といった気管支拡張作用を有する薬剤を使用する必要があったと認定しました。そして、Y医師は、Xから、心房細動の副作用が現れることを理由にβ2刺激薬であるセレベントを使用しないよう求められたと理解したことから、気管支拡張剤としてテオフィリン薬であるテオドールを処方したものと認定しました。

また、テオドールは喘息の長期管理を図る上で有効な薬剤であるとされていることに加え、Y医師のXに対するテオドールの処方は、同薬剤の添付文書に記載された一般的な用法・用量に副うものであったこと、さらに、不整脈ないし心房細動の既往症のある患者や、セレベントによって心房細動の副作用が現れたことのある患者であっても、テオドールの禁忌ないし慎重投与の対象には含まれていない点を指摘しました。そして、上記のような事情に照らせば、Y医師の患者Xに対するテオドールの処方には特段不適切な点はなく、これをもって診療契約の債務不履行に当たると評価することはできないと判示しました。

争点2 医師が気管支拡張剤の副作用を説明しなかったことについて説明義務違反が認められるか

気管支拡張剤であるテオドールの副作用として不整脈の生じる頻度は約0.21%程度と解されているところ、テオドールの添付文書において、副作用の発生頻度が0.1%以上であるか否かを基準として分類されていることに照らせば、約0.21%という発生頻度は、必ずしも低いとはいえないとしました。また、テオフィリンについては、治療域血中濃度以上の濃度では用量依存的に不整脈等の中毒症状を起こす安全域の狭い薬剤の代表であるとの見解も示されていることに加え、Y医師は、本件初診時、Xの主訴により、同人に心房細動の既往症があることを認識していたという点を指摘しました。

よって、これらの事情に照らせば、本件初診時までのY医師の臨床経験上、テオドールの服用によって重篤な副作用を生じた患者はおらず、また、心臓の疾患を有する患者に対してテオドールを処方しても、患者が副作用を訴えたことはなかったことなどを考慮しても、Y医師は、本件初診の際、Xに対し、テオドールの副作用として不整脈が生じる可能性があることにつき説明すべき義務があったと判示しました。

その上で、本件において、Y医師が、Xに対し、テオドールの副作用として不整脈があることについて説明した事実はなかったと認定しました。

そして裁判所は、Y医師には、Xに対し、テオドールの副作用として不整脈が生じる可能性があることを説明すべき義務があったにもかかわらずこれを怠ったものであるから、Yクリニックには、診療契約上の説明義務に違反した債務不履行があると認めました。

その上で、損害については、Y医師からテオドールの副作用についての十分な説明がなかったために、Xはテオドールの副作用を十分把握し、自らの権利と責任において自己の疾病の治療方法を決定する機会を奪われたことになるから、これにより患者Xが受けた精神的苦痛は、Yクリニックの説明義務違反との間に相当因果関係が認められるとして、精神的苦痛について100万円の慰謝料を認め、弁護士費用10万円とあわせて110万円の限度でXの請求を認容しました。

カテゴリ: 2010年2月18日
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