平成15年11月5日 名古屋高等裁判所判決
(争点)
- 平成6年9月の段階でA医師が肺癌と診断せず、経過観察にしたことに過失があったか
- 平成7年2月の段階でA医師が再度の気管支鏡検査や開胸肺生検等の検査をせずに経過観察としたことに過失があったか
- 上記1,2の段階でA医師に説明義務違反があったか
- A医師の過失とBの死亡との因果関係
- 損害
(事案)
B(死亡当時34歳・大学助教授)は、平成6年8月に行われた勤務先大学の職員健康診断の結果、同年8月30日に、左中肺野に結節影があるので精密検査が必要との通知を受けた。Bは同年9月2日にP県立がんセンター(P病院)に診察を依頼し、P病院内科勤務のA医師が主治医となり、以後BはA医師の診察や胸部X線写真撮影、ツベルクリン反応検査、血液・血清・生化学検査、腫瘍マーカーによる検査、胸部CT検査、気管支鏡検査等を受けた。
Bは同年9月29日以降P病院で結核のための治療を受け、平成7年2月20日には、A医師から同年7月の来院を指示された。この指示に従いBが平成7年7月10日来院したところ、主治医がE医師に変更されており、以後E医師の診察・検査を受け、同年8月14日、E医師から肺癌の告知を受けた。同月16日、E医師はBの妻と母に対し、Bが肺癌III期であること、手術ができないこと、化学療法と放射線治療をしても5年後の生存率は20パーセントであること等の説明をした。
Bはその後P病院や他の病院で入院や通院の上治療を続けたが、平成8年10月9日死亡した。
Bの相続人であるBの妻と長女(患者遺族)が、P県とA医師に対して損害賠償請求をした。
原審(名古屋地裁)はP県とA医師の責任を認め、患者遺族の損害賠償請求を一部認容して、P県とA医師が連帯して患者遺族2名に合計で3900万円を支払うよう命ずる判決をしたため、患者遺族(1審原告)とP県・A医師(1審被告)の双方が控訴した。
(損害賠償請求額)
患者遺族の請求額 1億2,167万9,576円
(内訳:逸失利益8,667万9,576円+慰謝料3,000万円+弁護士費用500万円)
(判決による請求認容額)
原審及び控訴審が認めた額 3,900万円
(内訳:慰謝料3,600万円+弁護士費用300万円)
*控訴審は、1審原告と1審被告双方の控訴を棄却して、原審の判決結果を維持しました。
(裁判所の判断)
平成6年9月段階のA医師の過失について
平成6年9月14日撮影のCT画像から肺癌の疑いを強めるような異常陰影を読影するのは困難であること、平成6年9月に行われた各種検査の結果やBが若年であったことなどから、この時点でA医師が侵襲の大きい開胸肺生検等をせずに、結核の治療を行いながらの経過観察としたことは誤りとはいえないとして、過失を否定。
平成7年2月段階のA医師の過失について
A医師は、当初Bの腫瘍が結核腫であると診断し、抗結核薬で経過観察をすることにしたものであるが、平成7年1月までの3ヶ月経過した時点でBの陰影の大きさが縮小した形跡はなく、他に肺結核等の非癌の可能性を強める所見はなく、かえって結核種の特徴である石灰化については不明であるとの所見に至った。したがって、A医師としては平成7年1,2月の時点において、再度肺癌の可能性を検討し、再度の気管支鏡検査をし、これにより確定診断がつかなかった場合には、開胸肺生検等のより侵襲的な検査に踏み切るべき注意義務があったとして、A医師の過失を認定
A医師の説明義務違反について
P病院は癌の専門機関であり、P病院を訪れる患者は癌であるか否かについて正確かつ信頼できる判断・診療を期待しているものと容易に推察できるから、A医師は、Bに対し、癌の可能性のあることを含めた診断手順や検査方法等を説明すべき注意義務があったとして、A医師の説明義務違反を認定
過失と死亡との因果関係について
Bの肺癌が平成7年1,2月の段階でリンパ節へ転移していた可能性および野口分類による予後の悪いタイプであった可能性を否定できないから、仮に平成7年1、2月の段階でBの癌が発見され、縦隔郭清を含めた肺葉切除手術が行われたとしても、Bが救命された高度の蓋然性は認められないとして、過失と死亡との因果関係は否定。 ただし、平成7年1,2月の時点で開胸肺生検の検査等に踏み切っていれば、現実に死亡した日よりも相当程度延命することができたものと認定。
損害について
Bは、現実に死亡した日よりも相当程度延命することができたものと認められるが、どの程度の期間生存できたかは、確定することができないとして、逸失利益の算定は不可能とした。
A医師の注意義務違反により、Bは相当程度延命が期待できる適切な治療を受ける機会を奪われ、延命の可能性を奪われたこと、A医師が肺癌の可能性等について説明義務を尽くさなかったため、適切な治療を選択することができなかった事情を考慮し、遺族2名の精神的苦痛に対する慰謝料を一人1,800万円ずつ(両名合計3,600万円)とするのが相当と判示。