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No.159「胃透視検査の際に投与されたバリウムが患者の腸内に滞留した結果、S状結腸に穿孔を発症。医師が検査後に下剤を投与しなかったことについて過失を認めた高裁判決」

大阪高等裁判所平成20年1月31日 判例時報2026号16頁

(争点)

  1. 医師が胃透視検査後、患者に下剤を処方投与しなかったことについて過失が認められるか。

(事案)

患者X(検査当時66歳の男性)は平成12年5月6日、Y医師が開設する内科、小児科、放射線科等の診療科目を標榜するYクリニック(以下、本件診療所)において、Y医師により、胃透視検査(本件検査)を受け、その際、造影剤として硫酸バリウムを主成分とするバリコンミールを約400グラム投与された。

本件検査後、Y医師が作成した患者Xについての電子カルテ及び処方箋には、下剤であるプルゼニド錠の記載がある。しかし、Y医師は、実際にはXにプルゼニド錠を含めて一切の下剤を処方せず投与ないしその指示をしなかった。

Xは、翌7日午前4時ころから腹痛を発生し、同日午後0時30分ころに医療法人A病院を受診し、下剤を処方され、グリセリン浣腸2回と洗腸療法を施行したが、排便はなく、腹痛も改善しなかった。

Xは、同日午後4時ころ、B病院救急外来を受診し、腹痛が治まらないため、同病院の消化器内科に緊急入院した。その後、Xの腹痛は増強し、腹部X線検査を受けた結果、腸空内に遊離ガスが存在し、S状結腸憩室部分の穿孔(本件穿孔)が発見され、S状結腸憩室穿孔とその合併症である腹膜炎と診断された。

Xは、腹部一般外科に転科され、同年5月8日にS状結腸人工肛門造設・腹腔内洗浄、7月3日に人工肛門閉鎖術(左結腸切除、下行結腸直腸吻合術)をそれぞれ受け、8月4日に退院した。

Xは、B病院で2回の手術で腸管が通常人より短くなっており、排便が早くなったり、下痢の症状がでていること、下痢について症状固定と診断された後もテネスムス(裏急後重)の症状が残った。

患者XはYクリニックを開設するY医師に対して、Y医師が下剤の投与や水分摂取の指示をしなかった過失により、S状結腸に穿孔を発症したとして、不法行為に基づき休業損害等について損害賠償請求を求めた。

第1審の奈良地方裁判所はXの請求を一部認容した。Y医師が控訴し、Xも附帯控訴した。

(損害賠償請求額)

患者の請求額:合計1755万3473円
(内訳:治療費129万8170円+付添看護費54万円+入院雑費11万7000円+器具購入費1万4175円+休業損害98万3192円+逸失利益410万5166円+慰謝料(入通院慰謝料500万円+後遺障害慰謝料390万円)+弁護士費用159万5770円)

(判決による請求認容額)

控訴審裁判所の認容額:404万3421円
(内訳:364万3421円(合計520万4888円 (治療費129万5640円(入院治療費129万4700円+通院治療費940円)+付添看護費49万5000円+入院雑費11万7000円+器具購入費1万4175円+休業損害78万3073円+逸失利益0円+慰謝料250万円(入通院慰謝料250万円+後遺障害慰謝料0円))×0.7(患者側要因として3割減額))+弁護士費用40万円

(裁判所の判断)

医師が胃透視検査後、患者に下剤を処方投与しなかったことについて過失が認められるか。
(1)本件穿孔の発生時期

裁判所は、消化管に穿孔が生じた場合、消化管内のガス(空気)が腹腔内に流出し、遊離ガスが腹腔内に存在するのが通常であるところ、本件では、XはB病院で5月7日午後11時20分ころから行われた腹部エコー検査で、遊離ガスが認められているから、遅くともそのころまでに、本件穿孔が発生していたと認定しました。

(2)本件穿孔の発生原因

まず裁判所は、患者Xは、5月7日午後0時30分ころ、A病院において、グリセリン浣腸2回と洗腸を受け、バリウムと少量の便汁が排出して以降、本件穿孔が確認された同日午後11時20分ころまで、全く、排便はなかった事実を指摘しました。そして、その間、水分が多く残っている上行結腸から横行結腸にかけては、バリウム便の可動性は良好であり、どんどん、下行結腸からS状結腸、直腸へ移動したが、直腸では、便の排泄が行われないので、排泄されず滞留しているバリウム便塊ができあがったものとしました。その上で、このバリウム便塊が排泄されないので、S状結腸部分のバリウム便も、いわば行き先である直腸に移動することができず、S状結腸部分に滞留する結果となったと認定しました。

そして、他の大腸に比べ狭くなっているS状結腸部分で、まだ液体状であるものの普通の便よりも比較的固いバリウム便の停滞あるいは停滞気味の通過による圧迫が主な原因となり、患者XのS状結腸には憩室が存在し健常な人と比較すると脆弱であったこと、浣腸などの腸管内圧を高める処置等も加わって、S状結腸の憩室壁の亀裂が発生、悪化して本件穿孔に至ったと認定しました。

(3)Y医師の過失の有無

(ア)胃透視検査後のバリウム便塊による大腸管の穿孔例が報告されていること、(イ)バリコンミールの添付文書中には、使用上の注意として「排便困難、便秘に対する処置がなされず、硫酸バリウムが停留した場合、消化管穿孔、イレウス、バリウム虫垂炎等を引き起こしたことが報告されているので、検査後、水分の摂取・下剤投与等の処置をすること。(「検査後」以下は太字で記載)」の記載が、また、高齢者への投与につき、「高齢者では消化管運動機能が低下していることが多く、硫酸バリウムの停留により、消化管穿孔が起こりやすいので、検査後の硫酸バリウムの排泄については十分に留意すること。」との記載があること、(ウ)胃透視検査後の処置として、一般に、バリウムを用いた胃透視検査後にはバリウムの排泄が重要な問題とされ、医師としても下剤の処方・投与や水分摂取を指示することによりこれを促すのが通常であり、臨床検査技師や看護師向けの強化書やマニュアルにおいても、下剤の服用や水分摂取等によってバリウムの排泄を促すべきことが多く記載されていること、(エ)本件診療所においては、コンピューターで処方箋を作成する際に、「胃透視検査」という項目を入力すると、下剤であるプルゼニド錠と検査時に用いるバリトップゾル及びバロス発砲顆粒の3薬剤については自動的に入力される設定になっていること等を総合すれば、Y医師は、特別な事情がない限り、本件検査に当たり、バリウムがXの消化管から速やかに排泄されるための的確な措置として、下剤の投与を処方し、水分の摂取の指示をすべきであったとしました。そして、Y医師は、水分の摂取は伝えていたが、下剤の投与をしていなかったのであり、下剤の投与を不適当とする特別の事情が認められないことから、Y医師には、本件検査の後、Xに下剤を処方投与しなかった過失があったと認定しました。

以上により、Y医師が下剤を投与していれば、バリウム便が順調に排泄され、S状結腸部分のバリウム便の停滞に基づく圧迫もなかったとして、Y医師に損害賠償責任を認めました。

(4)損害額

患者Xが憩室症を有していたことについて、本件穿孔はバリウムの滞留とそれを排出するために行われた浣腸、洗腸により腸に加えられた外力も相まって発生したものと認められ、その発生部位である憩室はもともと穿孔の危険性が高いものであるからすれば、このようなXの身体的要因が本件穿孔の発生に影響を及ぼしていると認定しました。その上で、損害の公平の分担の趣旨から、上記素因が寄与している事情を斟酌して損害額を認定すべきだとしました。そして、本件ではその寄与割合は30パーセントと認めるのが相当であるとし、これらの判断と符合する一審判決が相当であるとして、控訴と附帯控訴の両方を棄却しました。

カテゴリ: 2010年1月 8日
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