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No.153「高齢の女性が自宅で意識不明になり、救急車で搬送された後、搬送後の病院で脳梗塞を発症し、重篤な後遺症が残る。病院側の治療処置に不適切な点は認められないとして、病院側の損害賠償義務を否定した判決」

那覇地方裁判所平成19年11月28日判決 判例タイムズ1277号375頁

(争点)

  1. 抗凝血剤の投与時期又は適量を定める検査を行わなかったことにつき医師の過失が認められるか
  2. 看護師らの義務違反の有無及びそれと患者に生じた結果との間の因果関係の有無

(事案)

患者A(本件入院当時72歳の女性)は、昭和59年より糖尿病を患い、糖尿病の治療を受けてきており、高血圧症、高脂血症及び心房細動(非弁膜症性)の既往も併せ有していた。これらの治療のため、O病院で、ワーファリン(抗凝血剤)等を処方されており、平成15年12月26日にも、ワーファリンを服用していた。

同年12月27日午前5時ころ、患者Aは自宅で意識を失い、救急車で同日午前5時30分、Y法人が経営するY病院へ搬送されたところ、脳神経外科の当直医であったI医師が対応した。

搬送時のAの状態は、意識レベルⅢ-200(刺激で覚せいせず、少し手足を動かしたり顔をしかめる状態)であり、気道確保のために気管内挿管が行われた。Aは、脳幹部梗塞(疑)、けいれん、意識障害等と診断され、抗けいれん剤及びラジカットを投与された。

AはY病院へ入院となり(本件入院)、病室に収容後は、人工呼吸器を装着され、内科に転科し、N医師が担当することとなった。

その後、Aに対しては、輸液を実施しながら、意識レベル、呼吸及び循環動態の観察がなされた。

Aの意識レベルは、同月28日午前7時ころにⅡ-10(刺激で覚せいし、普通の呼びかけで容易に開眼する状態)となり、徐々に意識レベルが回復し、28日午後1時30分には人工呼吸器を外されて酸素続行とされ、同日午後8時45分には気管内チューブも抜管された。同月31日には夕食から食事を経口摂取することができるようになり、ワーファリン2mg、デパケンシロップ等の内服を再開した。

平成16年1月5日に点滴はすべて終了し、同月9日にAは退院予定であった。

しかし、Aは、その後、同月9日に右中大脳動脈に脳梗塞を再発し、以後、意識混濁、左半身麻痺、嚥下障害に陥り重篤な状態が続いた。

患者AとAの子であるXらは、Y病院でAを担当したN医師に、(1)抗凝血剤(ワーファリン又はヘパリン)の投与時期が遅かった、また(2)実際の投与に当たり、適量を定めるための検査を行わなかったという過失があり、さらに、Y病院の看護師らに、(3)Aの異変を医師に報告すべき義務があるのにこれを怠ったという過失があり、これらの過失がなければAに脳梗塞が発症して重篤な後遺障害が遺ることもなかったとして、Y病院を経営するY法人に対して使用者責任に基づく損害賠償請求訴訟を提起した。

なお、患者Aは訴訟継続中の平成17年12月11日に死亡したため、XらがAの地位を受継した。

(損害賠償請求額)

訴訟の途中で死亡した患者の遺族の請求額:合計4100万円
内訳:患者固有の損害3710万円(物的損害500万円(治療費778万3272円+入院雑費1277万5000円の合計額2055万8272円の一部として)+弁護士費用410万円+慰謝料2800万円)+患者の遺族の損害390万円(慰謝料300万円+弁護士費用90万円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:0円

(裁判所の判断)

抗凝血剤の投与時期又は適量を定める検査を行わなかったことにつき、医師の過失が認められるか
(1)抗凝血剤(ワーファリン又はヘパリン)の投与時期について

まず、裁判所は、N医師が平成15年12月28日又は遅くとも同月29日までにはワーファリンを投与すべきであったかという点について以下のように判示しました。

ワーファリンは錠剤として製剤されており、経口投与が予定されているが、患者Aの12月28日や29日の時点で嚥下機能は正常ではなかったといえるため、Aに錠剤であるワーファリンを経口投与することは不可能であったと認定した上で、Aの状態の推移に照らせば、Aに対して、N医師が、救命措置や、全身状態の安定を図るなどの急性期の治療を優先し、全身状態が安定し、食事の経口摂取が可能となった段階で、慢性期の再発予防薬であるワーファリンの経口投与を実施すると判断したことには、臨床的に合理性があると判断しました。

よって、N医師には、平成15年12月28日又は29日の時点において、患者Aにワーファリンを投与すべき義務があったということはできないとして、N医師の過失を否定しました。

次に、平成15年12月28日までに患者Aに対してヘパリンを投与すべきであったかという点について以下のように判示ししました。

裁判所は、脳梗塞急性期のヘパリン投与は科学的根拠はないとする文献もあり、また脳梗塞急性期に抗凝固療法を行うことにより出血性梗塞を助長するおそれがある点を指摘し、患者Aには脳梗塞(心原性脳塞栓症)、高血圧症、心房細動などの既往歴があり、また、過去にはワーファリン療法継続中に膝の内出血があり、ワーファリンの一時中止の指示がされたこともあることに加え、本件入院当初、Aの症状は脳幹部梗塞と疑われたことに照らせば、いまだ輸液を実施しながら、意識レベル、呼吸及び循環動態の観察がされていた平成15年12月28日の時点において、ヘパリンを投与しなかったことが相当性を欠くものということはできないと判断しました。

よって、裁判所は、N医師には、平成15年12月28日の時点において、Aにヘパリンを投与すべき義務があったということはできないとして、N医師の過失を否定しました。

(2)ワーファリン投与に当たり、適量を定めるための検査をすることなく投与量を維持したことは不適切であったか。

まず、N医師がワーファリン投与に当たりINR検査を行わなかった点について、平成16年1月9日に行ったINR検査の結果がINR値1.12と治療域を下回るものであり、N医師自身、Aの家族への説明の際、結果としてAへのワーファリン投与量2mgでは不足していた旨認めていることからすれば、同日以前にINR検査を行う方がより望ましかったとの見方はあり得るとしても、患者Aはワーファリンの投与が初回ではなく、N医師は、前医のO医師から、本件入院前のワーファリンの投与量2.5mgと2mgを交互に投与しており、有効性が認められた旨の情報を受けていたことから、前医でのINR検査の日(最終の検査は平成15年12月9日)やその結果を踏まえ、N医師が平成16年1月9日までINR検査をしなかったことをもって、N医師の義務違反とまでいうことはできないと判断しました。

次にワーファリンの投与にあたって、N医師が心エコー検査を行わなかった点について、心エコー検査のうち、経胸壁によるもの(経胸壁心エコー検査)では心房内血栓の診断率は低いものの、経食道によるもの(経食道心エコー検査)であれば心房内血栓の診断に有用とされていることを認定しました。しかし、経食道心エコー検査によっても、脳梗塞の既往を有する非弁膜症性心房細動症例における心内血栓検出率は5%にとどまり、1回の経食道心エコー検査では検出されないことが多く、心内血栓の検出で抗凝固療法の適否を決定すべきではないとする文献もあることや、経食道心エコー検査は、食道粘膜の損傷等の侵襲等があり、認知症患者に対しては全身麻酔下で行うことが安全であるとされることにかんがみると、N医師に、Aに対するワーファリンの投与について決するため、経胸壁心エコー検査はもとより、経食道心エコー検査についても実施すべき義務があったということはできないと判断しました。

以上より、N医師の治療行為について注意義務違反は認められず、YはN医師の行為による使用者責任に基づく損害賠償責任を負わないとしました。

看護師らの義務違反の有無及びそれと患者に生じた結果との間の因果関係の有無

看護師が、患者Aが脳梗塞を再発した9日午前8時に採血しようとした際、患者Aはしかめ面をするのみで起きる気配がなく、針を穿しても、けわしい表情をするものの声を出さなかったが、同日未明のAの尿失禁からのAの一連の状態とその前日までのAの状態とを勘案すれば、この同月9日午前8時の採血時の状況に接した看護師としては、Aに何らかの異変が生じているものと気付くべきであったと判示しました。

しかし、同日午前9時20分の段階で、Aの家族からの連絡により、看護師がAの容態を診るなどし、同日午前9時40分にはN医師による措置が開始されているところ、同日午前8時の段階で看護師がAの異常に気付き、速やかに医師に報告等をすることによっても、予後への影響はほとんどないと考えられることから、結局、Aに生じた結果との因果関係は認められないとし、Y病院の損害賠償義務を否定しました。

よって、上記の通りの判決を言い渡しました。

カテゴリ: 2009年10月 5日
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