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No.15 「気管内挿管の抜管後の気道確保について医師の過失を認定。高裁判決を破棄」

平成15年11月14日 最高裁判所第二小法廷判決

(争点)

  1. 担当医師に気管内挿管の抜管後、胸くうドレーンの逆流が生じた時点で再挿管などの気道確保のための適切な処置をとるべき注意義務を怠った過失があったか

(事案)

患者Bは被上告人が開設した本件病院Aで食道がんの診断を受け、平成6年12月12日から13日にかけて約18時間にわたり食道全摘術、いん頭胃ふん合術の本件手術を受けた。Bは、本件手術後、経鼻気管内挿管のまま、集中治療室に収容された。

12月18日、午前10時50分ころ、本件病院外科の担当医師は、Bの気管内に挿入されている管を抜く処置をし、抜管後、こう頭鏡(注)によりBのこう頭の状態を観察し、こう頭浮しゅ(++)の存在を確認した。

同日午前10時55分ころ、Bの吸気困難な状態が高度になったことを示す胸くうドレーン逆流が生じた。担当医師は再挿管を直ちにする必要はないと判断し、吸引圧の上昇を図るとともに逆流防止弁(ハイムリッヒ弁)を装着して様子をみることにした。このころBには軽度の呼吸困難の訴えや、努力性呼吸がみられた上、上気道の狭窄を示すしわがれ声による発声もあった。

同日午前11時ないし午前11時5分ころ、担当医師がこう頭鏡によりBの上気道の状況を観察したところ、こう頭が見え、呼吸困難な状態ではなく、また、聴診器により呼吸音(肺胞音)を聴取したところ、異常がないことが確認された。

このため、担当医師は午前11時7,8分ころBの換気は安定したと判断し、Bから目を離し、ドレーンの排出状態の観察等をしていたが、同日午前11時10分ころ、Bを見ると四肢冷感、爪床色不良、冷汗、顔色及び口唇色不良等のチアノーゼが現れており、呼びかけにも応答せず呼吸音がほとんど聴取できない状態であった。

担当医師は直ちに吸たんし、アンビューバッグとフェイスマスクでの陽圧呼吸、経口再挿管、経鼻再挿管などを試みたが、成功せず、Bは心停止に至った。

その後Bはいわゆる植物状態となり、平成8年7月4日、食道がんの再発、進行により死亡した。

Bの遺族(上告人ら)が被上告人に対し債務不履行または不法行為により損害賠償を求めた。

(注)【喉頭鏡】 コウトウキヨウ(1)間接〔型〕喉頭鏡laryngealmirror:喉頭部の観察を目的として、口腔より咽頭に挿入される直径1ないし2.5cmの円形の鏡で柄を有する.喉頭の像は鏡面で反射された間接像となる.(2)直接〔型〕喉頭鏡、喉頭直達鏡laryngoscope:喉頭部の観察および処置(気管内挿管・異物除去など)を目的として、口腔から喉頭に挿入される直達鏡で、ブレードと柄からなる.光源をブレードに固定したものが多い.ブレードを用いて、声門部が直視できるように喉頭を展開する.なお、直接型喉頭鏡で喉頭の直視・展開が困難な場合には、喉頭ファイバースコープfiberoptic laryngoscopeを用いることもある 出典:CD-ROM最新医学大辞典スタンダード版(医歯薬出版株式会社)

(判決による請求認容額)

患者側敗訴の控訴審判決を破棄差戻ししたので、損害についての判断は最高裁判所ではなされていません

(裁判所の判断)

(1)原審(大阪高等裁判所)は、
1. Bは進行性のこう頭浮しゅにより、上気道狭窄から閉塞を起こし、呼吸停止及び心停止に至ったと推測、
2. Bは進行性のこう頭浮しゅの発生により一定の時間呼吸困難な状態にあったと推測、
3. 気管内挿管を抜いた後、Bはいったん呼吸が安定した状態になったのであるから、その後Bが呼吸困難な状態に陥ったことにつき担当医師が直ちに気づかなかったとしても、あながち非難することはできず、担当医師に過失はないとした。

(2)上告審(最高裁判所)は、原審の上記判断のうち、1.、2.は認めたが、3.の判断は是認できないとした。その理由として、
1. 本件手術内容からすると、術後のこう頭周囲の浮しゅの状態はかなり高度のものであったと推測され、現に担当医師も抜管後にこう頭浮しゅ(++)の存在を確認している。
2. 抜管の約5分後には、Bの吸気困難な状態が高度になったことを示す胸くうドレーンの逆流が生じており、また、そのころBには軽度の呼吸困難の訴えや努力性呼吸がみられた上、上気道の狭窄を示すしわがれ声による発声もあり、Bのこう頭浮しゅの状態が相当程度進行しており、更に進行すれば上気道狭窄から閉塞に至ることをうかがわせるのに十分な兆候があった。
3. 医学的知見によれば、本件手術のような食道がん根治術の場合、気管内に挿入された管の抜管後に上気道の閉塞等が発生する危険性が高いとされており、抜管後においては患者の呼吸状態を十分に観察して、再挿管等の気道確保の処置に備える必要があり、特に抜管後1時間は要注意であるとされていることを挙げた。

そして、上記諸点に照らし、担当医師は胸くうドレーンの逆流が生じた午前10時55分ころにおいて、Bのこう頭浮しゅの状態が相当程度に進行しており、すでに呼吸が相当困難な状態にあることを認識することが可能であり、これが更に進行すれば、上気道狭窄から閉塞に至り、呼吸停止、ひいては心停止に至ることも十分予測することができたものとみるべきであるとして、担当医師にはその時点で再挿管等の気道確保のための適切な処置を採るべき注意義務があり、これを怠った過失があると判断した。

なお、Bの呼吸がいったん(午前11時7,8分ころ)安定した状態になったという点は、一時的なものにすぎず、Bがその直後再び呼吸困難な状態に陥ったころからみて、こう頭浮しゅによる呼吸困難という基本的な状況に変化があったものとは考えられないとして、このような一時的な状態が存在したことが判断を左右するものではないとした。

原審の判断は、法令の適用を誤った違法がある。

結論 破棄差戻し

原審の違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであり、原判決は破棄を免れない。損害等の点について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すとした。
(裁判官全員一致)

カテゴリ: 2004年1月28日
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