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No.139「豊胸手術後に生じた左右の乳房の高さの差異を修正するため、左胸部を再手術。左胸に二段腹状の段差が発生。再手術時に被膜、瘢痕の除去を十分に行わなかったとして医師の損害賠償義務を認めた判決」

大阪地裁平成13年4月5日 判例時報1784号108頁

(争点)

  1. 生理食塩水バッグ挿入による豊胸手術後に患者の乳房の高さが左右非対称になったことについて医師の過失はあったか
  2. 生理食塩水バッグを再挿入した手術の後に患者の左胸部に段差が生じたことについて医師の過失はあったか
  3. 損害

(事案)

患者X(手術当時30歳の女性)は、平成6年4月27日、Y医師が開業している診療所(以下、Y美容外科)にて、Y医師との間で豊胸手術(以下、第1回手術という)を受ける診療契約を結び、同年5月7日、午後2~6時ころにかけてY医師の執刀により第1回手術を受けた。

第1回手術後、右胸については患者Xの期待通りの形状となったものの、左胸の乳房の位置が右胸に比較して上方に位置し、左右非対称になったため、左胸の再手術をすることとなった。

同年6月26日、患者XはY医師の執刀により左胸の位置を右胸とそろえるため、左胸の再手術を受けた(以下、第2回手術という)。手術は左腋窩部を切開後、第1回手術において左胸に挿入した生理食塩水バッグを取り出し、バッグ周囲に形成された被膜を切開してポケットを広げ、新たなバッグを挿入する方法で行われた。

第2回手術後、患者Xの左胸には乳房の下部に水平方向のすじ状のくぼみができ、これを挟んで乳房が二段腹状になる状態(以下、段差という)が生じた。

患者Xは左胸の段差を解消するため他院を受診して、同年10月9日、左右両胸についてY医師が埋め込んだ生理食塩水バッグを取り出し、左胸についてアンダーバストの位置で大胸筋下層の組織を縫合する処置を施した上で、左右両胸ともにシリコンバッグを埋め込む手術を受けた(以下、修正手術という)。これにより患者Xの段差は解消された。

その後、Xは、医師Yに対して、損害賠償を求めて訴訟を提起した。

(損害賠償請求額)

患者の請求額:計355万円 (内訳:第1回手術代金相当額66万3000円+他院での修正手術費用98万3135円+休業損害6万5000円+通院交通費1万6865円+慰謝料150万円+弁護士費用32万2000円)

(判決による請求認容額)

裁判所の患者に対する認容額:110万8194円 (内訳:他院での修正手術費用の7割68万8194円+慰謝料30万円+弁護士費用12万円)

(裁判所の判断)

生理食塩水バッグ挿入による豊胸手術後に乳房の高さが左右非対称になったことについて医師の過失はあったか

この点につき、裁判所は、事実経過に照らし、医師Yが左右のバッグを挿入する高さを誤ったわけではなく、むしろ、Xの左胸が右胸よりも上方に偏位したのは、術後にバッグ周辺に被膜か瘢痕が形成されて被膜拘縮を生じ、バッグが押し上げられたためであると推認されると判示しました。そして、これは術後に生じる生体反応によるもので不可避の合併症であると認定して、医師Yの過失を否定しました。

生理食塩水バッグを再挿入した手術の後に患者Xの左胸部に段差が生じたことについて医師の過失はあったか

この点につき、裁判所は、まず、段差の原因は被膜拘縮が生じた後に行われた第2回手術において被膜、瘢痕が残存したことであると推認されると判示しました。

そして本件手術当時においても、被膜拘縮や瘢痕形成のメカニズムについての知識及び理解を備えた形成外科医にとって、伸展性の乏しい被膜や瘢痕が皮下に残存することによって、体表の形状にひきつり等の悪影響が及び、段差が生じるに至ることを予測することが不可能であったとは認めがたいと判示しました。

次に、段差の発生を防ぐ手段としては、バッグの周囲に形成されている被膜、瘢痕を切除ないし切開することによって、被膜、瘢痕が皮下組織の伸展を阻害しないようにすることが最も有効であり、腋窩部を切開する方法でバッグの入れ替えを行う場合には、切 開口から被膜、瘢痕までの距離が長いため、乳房下溝部分を切開する方法によるよりも、被膜、瘢痕を除去することは困難である、としました。

そして、本件においては、患者Xは第1手術後に被膜拘縮が生じたことによる不具合を修正するために第2手術を受けることにしたものであるから、形成外科医としては患者の乳房下溝部分から切開する方法によるバッグの入替え手術を行って被膜、瘢痕の除去を十分に行うか、または、患者の腋窩部を切開する方法によるバッグの入替えを行う場合においても、皮下に残存した被膜による影響が体表に及ぶことを極力回避するための処置を講ずべき注意義務を負っていると判示しました。

そして、Y医師は、第2手術において、腋窩部を切開する方法によるバッグの入替えを行ったが、その際、先端非鋭利な棒状の剥離子で被膜、瘢痕を下方に向かって剥離したのみで、被膜、瘢痕の影響を取り除くための何らの措置も講じなかったと指摘して、Y医師には上記注意義務を尽くさなかった過失があると判断しました。

損害

この点につき、裁判所は、Y医師には第1回手術における過失はなく、患者XがY医師の過失により第2回手術を余儀なくされたわけではないとして、第1回手術代金相当額、第2回手術により生じた休業損害及び通院交通費については、第2手術に関する被告の過失と相当因果関係のある損害と認めることはできない、と判示しました。

一方で、Xが他院で受けた修正手術費用については、Y医師の過失と相当因果関係のある損害と認められるが、Y医師の過失によって段差が生じたのは患者Xの左胸のみであり、患者Xが右胸についてまで再手術を受けたのは、左右ともサイズを大きくしたいという患者Xの希望によるものであるから、左胸の手術代金のみが相当因果関係にある損害と判示しました。そして、左胸の手術に要した額を証拠上確定することはできないが、他院での手術費用には、診察、検査、麻酔等に要する費用のように、両胸の手術と片側の胸の手術を行う場合でさほど異ならない費用も含まれていると見られることから、患者Xが他院に払った費用の7割相当額が損害であると判断しました。

その他、慰謝料、弁護士費用についても、上記「裁判所の患者Xに対する認容額」記載の損害賠償をY医師に命じました。

カテゴリ: 2009年3月 4日
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