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No.138「両胸の豊胸手術後に右胸の創部が開き、シリコンパックを再挿入したところ右胸部膿瘍が発症。再挿入手術適応の判断と滅菌措置に過失があるとして、故人となった医師の相続人に損害賠償義務を認めた判決」

京都地裁平成5年8月25日 判例タイムズ841号211頁

(争点)

  1. シリコンパック挿入による豊胸手術の手術手技に過失はあったか
  2. シリコンパックを再挿入した手術の手術適応判断及び滅菌措置に過失はあったか
  3. 損害

(事案)

患者X(手術当時28歳の既婚女性)は、平成元年4月13日、O市とK市の2カ所で美容外科医院を開業していた医師A(平成元年8月16日死亡)との間で、Xの両胸に50ccのシリコンパックを挿入する方法による豊胸手術(以下、第1手術という)を受ける診療契約を結び、同日当該豊胸手術を受けた。

第1手術においては、乳房下縁線切開・大胸筋筋膜上埋没法というべき手術手法が採られた。左胸についてはすんなりと終了したが、右胸についてはやや手間取り、何度か麻酔をして、切開を幾度か繰り返した末、シリコンパックを挿入し、切開部を縫合して第1手術が終了した。

医師Aは、Xに対し、胸を強く圧迫しないこと、栄養を十分に取ることなどの一般的な注意事項を説明した。

同月22日、Xは、第1手術での右胸下の創部が1ミリ程しゃ開し、創部が口を開きかけている状態になったため、医師Aの診察を受けた。

医師Aは、「簡単に縫ったりすると後でいけなくなると困るので、一度シリコンパックを取り出します。」等と告げたところ、Xは「取り出さないでそのまま収まりませんか」などと聞いた。医師Aは「ばい菌が入ったりする場合もあるので、やはり一度取り出したほうがよい。そしてシリコンパックを入れるのは、1ヶ月から2ヶ月はおいてからにします」等と告げたが、Xは、「忙しくて何度も来られないので、できたら今日にして欲しい」などといって、再挿入の手術の即時施行を求めた。そこで医師AはXの求めに応じることとした。

医師AはXの右胸からシリコンパックを取り出し、これをまず生理食塩水に漬けて付着している血液を落とした後、シャーレ内のマーゾニン(消毒液)に漬けて消毒した。それから、このようにして消毒したシリコンパックを再びXの右胸に挿入し、創部の切開部を縫合して手術(以下、第2手術という)を終了した。

術後の検査でも異常は認められず、医師Aは、胸を絶対に強く圧迫しないこと、栄養を十分に取ることなどを繰り返しXに説明した上、同月25日に再来院することを指示した。

しかしXは、同日夜より頸の痛みを覚え、翌23日には嘔吐したため、大阪市のK病院(救急病院)で診察を受け、同月25日には「右乳房異物、右乳房膿瘍(化膿)」との診断を受けて入院し、右胸シリコンパックの摘出及び同患部洗浄等の手術を受けた。

その後、Xは、S美容形成外科で右胸豊胸手術のやり直し手術を依頼した。そして、医師AがXの胸部に挿入したシリコンパックは他院では使用していない特別なサイズ(50cc)であり、挿入済みの左側シリコンも摘出した上で両胸とも豊胸手術をやり直す必要があるとの説明がS美容形成外科のS医師からなされ、Xは両胸とも豊胸手術をやり直した。

医師Aは平成元年8月16日に死亡したため、Xは、医師Aの相続人であるその妻Y1、AとY1との間の子供Y2、Y3、Y4に対して、損害賠償を求めて訴訟を提起した。

(損害賠償請求額)

患者の請求額:計258万4873円
※医師Aの相続人4人に対し、各々の相続分の割合で請求した合計額
(内訳:他院K病院での治療費7万7522円+他院S美容形成外科での豊胸手術等費用110万7000円+慰謝料100万円+弁護士費用40万円。端数不一致)

(判決による請求認容額)

裁判所の患者Xに対する認容額:104万2015円
(内訳:(他院K病院での治療費7万7522円+他院S美容形成外科での豊胸手術等費用60万円+慰謝料50万円)×0.8(過失相殺...割合:原告2、被告8)+弁護士費用10万円。端数不一致)

(裁判所の判断)

シリコンパック挿入による豊胸手術の手術手技に過失はあったか

この点につき、裁判所は、医師Aが右胸の処置にやや手間取り、何度か麻酔をして、切開を幾度か繰り返していたことだけから、シリコンパックが空気感染し、その結果右胸創部がしゃ開したという事実や、医師Aが無理にシリコンパックを押し込んだために縫合部分に負担がかかり、その結果、右胸創部のしゃ開が生じたという事実を推認することはできないと判断しました。

また、癒合の不十分な手術創部に強い圧迫を加えると創部はしゃ開しうることから、手術以外の原因によってもしゃ開は発生しうるのであって、しゃ開があったとの事実だけから、第1手術の手術手技の過誤を推認することはできないとして医師Aの過失を否定しました。

シリコンパックを再挿入した手術の手術適応判断及び滅菌措置に過失はあったか

この点につき、裁判所は、まず、手術で挿入したシリコンパックを摘出した後、手術創が完全に治癒する前に異物を再挿入する場合、創の治癒が遅れる上、初回手術に比べて、術後の生体の異物反応が強度となる等の原因から、術後に異物挿入による炎症反応(セローマ)ひいては感染症が生ずる危険性が極めて高かった判示しました。

次に、裁判所は、医師Aが本件の第2手術には危険が伴う旨をXに説明し、Xもこれをおおむね理解、納得した上で「忙しくて何度も来られない」などといって手術の施行を求めたものであり、医師Aの施行はこの求めに応じたが故の処置であると認定しました。しかし裁判所は、医師は、患者の希望に応じることだけでなく、専門的な医学的見地から、手術の施行によってもたらされる悪しき結果の可能性の程度をも十分に考慮して、手術適応を診断すべきであると判示しました。さらに、いわゆる美容外科手術は純然たる治療が目的となるのではなく、より美しくなりたいという患者の主観的な願望を満足させるために行われるものであるから、美容外科医としては手術施行による悪しき結果の可能性の程度についても、できる限り慎重に勘案・検討した上で、手術適応を診断する義務を負う、と判示しました。

その上で、本件の第2手術の施行により、悪しき結果が発生する蓋然性の程度の高さに比べて、本件契約の目的に照らして第2手術を即時敢行する医学的な理由は非常に乏しく、医師Aの手術適応に関する診断は、通常の美容外科医として要求される知識に照らしても慎重さにいささか欠けていたと判断しました。

さらに、医師Aが摘出したシリコンパックを再挿入する際、オートクレーブ(高圧蒸気滅菌法)による滅菌ではなく、異物反応(セローマ)の原因となるため禁忌とされている薬液(マーゾニン)による方法を施行した点についても、誤った適応診断による第2手術の敢行とあいまって、異物挿入による炎症反応ひいては感染症を発症させたとして、この点についても医師Aの過失を認めました。

損害

裁判所は、医師Aが用いていたシリコンパックが他院では扱っていない独自のサイズのものであったため、他院で右胸の豊胸手術をやり直す場合、右胸だけでなく左胸についてもやり直しが避けられないものの、Xが他院(S美容形成外科)でやり直し手術をしたのは、医師Aが診療拒絶をしたからではないと認定しました。そして、S美容形成外科での手術費用のうち、医師Aの債務不履行と相当因果関係のある損害は右胸だけの豊胸手術のやり直しに相当する部分の費用に限られると判断しました。

また、Xが、第2手術に危険が伴うことにつき説明を受け、これを理解、承知しながら、なおも医師Aに第2手術の施行を求めたものであるから、このXの行為を過失として過失相殺(過失割合は医師Aが8、Xが2)するのが相当と判断しました。そして上記「裁判所の患者Xに対する認容額」記載の損害賠償を医師Aの相続人に命じました。

カテゴリ: 2009年3月 4日
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