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No.131「チーム医療として手術が行われる場合にその総責任者である医師が,自ら患者やその家族に対して自らの手術について説明しなくとも,説明義務違反の不法行為責任を負わない場合があるとした最高裁判決」

最高裁判所第一小法廷平成20年4月24日 判例時報2008号86頁

(争点)

  • チーム医療の総責任者である医師に手術についての説明義務違反があるか

(事案)

患者A(当時67歳の男性)は平成11年1月、近隣の病院で受けた心臓カテーテル検査の結果、大動脈弁狭窄及び大動脈弁閉鎖不全により大動脈弁置換手術が必要であると診断され、同年9月ころ手術を受ける決心をし、同月20日、紹介されたK大学医学部附属病院(以下、「K病院」という。)の心臓外科に入院した。K病院では、心臓外科助手であるT医師がAの主治医となり、同月25日まで術前の諸検査が実施された。

T医師は、同月27日、A及びAの家族であるXらに対し、翌28日に予定された大動脈弁置換術(以下、「本件手術」という。)の必要性、内容、危険性等について説明した。

心臓外科医師のY医師(K大学医学部心臓外科教室教授)は同月27日午後5時ころ、T医師に対し、本件手術においてはY医師自らが執刀医になる旨を伝えた。Y医師自身は、A又はXらに対し、本件手術について説明したことはなかった。

同月28日午前10時10分ころ、本件手術が開始され、当初はT医師が執刀したが、午前10時45分に体外循環が始められた後、Y医師が術者、T医師とB医師らが助手となって本件手術が進められた。切開後の所見によれば、Aの大動脈壁は、通常の大動脈壁と比較して、薄く、ぜい弱であった。Y医師は、人工弁を縫着して大動脈壁の縫合閉鎖をし、大動脈遮断を解除し、対外循環からの離脱を図ろうとして徐々に血圧を上げたところ、同縫合部位から出血し、同出血が止まらなかった。追加縫合を反復してようやく出血が止まったので、午後3時ころ、Y医師は手術室を退室した。その後、B医師とC医師が術者となって本件手術が続けられた。午後5時ころ、T医師は、一時手術室を退室し、Xらに「予想以上にAの血管がもろくて、縫合部から出血が続いている。」と説明して再び手術に加わった。

午後5時に大動脈遮断がされた後、人工血管パッチを逢着して、大動脈遮断を解除したものの、Aについて体外循環からの離脱が難かしかったため、B医師らにより大動脈冠状動脈バイパス術が開始され、終了後Aは体外循環から離脱することができたが、循環不全を克服できず、Aは同月29日午後2時34分ころに死亡した。

患者Aの妻と子であるXらが、本件手術の手技上の過失と医師の説明義務違反があるとして、Y医師らに対して損害賠償請求訴訟を提起した。

第一審は医師の過失と説明義務違反を否定し、Xらの請求を認めなかった。これに対して、控訴審(大阪高等裁判所)は、手術上の医師の過失を否定したが、次のようにY医師の説明義務違反を認定し、損害賠償義務を認めた。

「Y医師は、Y病院におけるチーム医療の総責任者であり、かつ実際に本件手術を執刀する者であるから、AとXらに対して、Aの症状が重症であり、かつ、Aの大動脈壁がぜい弱である可能性も相当程度あるため、場合によっては重度の出血が起こり、バイパス術の選択を含めた深刻な事態が起こる可能性もあり得ることを説明すべき義務があった。にもかかわらず、Y医師はその説明をしなかったのであるから、信義則上の説明義務違反がある。」  これに対して、Y医師は、医療チームの責任者や執刀医が常に自ら説明することまで要求されず、また本件では主治医であるT医師が手術の内容等の説明責任を果たしているので、Y医師は説明義務違反の責任を負わないとして上告した。

(裁判所の判断)

チーム医療の総責任者である医師に手術についての説明義務違反があるか

最高裁判所は、一般に、チーム医療として手術が行われる場合、チーム医療の総責任者は、条理上、患者やその家族に対し、手術の必要性、内容、危険性等についての説明が十分に行われるように配慮すべき義務を有すると判示しました。しかし、チーム医療の総責任者は、上記説明を常に自ら行わなければならないものではないとして、手術に至るまで患者の診療に当たってきた主治医が上記説明をするのに十分な知識、経験を有している場合には、主治医に上記説明をゆだね、自らは必要に応じて主治医を指導、監督するにとどめることも許されるものと解しました。そしてチーム医療の総責任者は、主治医の説明が十分なものであれば、自ら説明しなかったことを理由に説明義務違反の不法行為責任を負うことはないと判示しました。また、主治医の上記説明が不十分なものであったとしても、当該主治医が上記説明をするのに十分な知識、経験を有し、チーム医療の総責任者が必要に応じて当該主治医を指導、監督していた場合には、同総責任者は説明義務違反の不法行為責任を負わないというべきであると判示しました。そして、このことは、チーム医療の総責任者が手術の執刀者であったとしても、変わらないとしました。

そして、これを本件に当てはめて検討すると、Y医師は自ら患者A又はその家族に対し、本件手術の必要性、内容、危険性等についての説明をしたことはなかったが、主治医であるT医師が上記説明をしたというのであるから、T医師の説明が十分なものであれば、Y医師が説明義務違反の不法行為責任を負うことはないし、T医師の説明が不十分なものであったとしても、T医師が上記説明をするのに十分な知識、経験を有し、Y医師が必要に応じてT医師を指導、監督していた場合には、Y医師は説明義務違反の不法行為責任を負わないというべきであるとしました。

ところが、原審(控訴審)は、T医師の具体的な説明内容、知識、経験、T医師に対するY医師の指導、監督の内容等について審理、判断することなく、Y医師が自ら患者Aの大動脈壁のぜい弱性について説明したことがなかったというだけでY医師の説明義務違反を理由とする不法行為責任を認めたものであるから、法令の解釈を誤った違法があるとして、Y医師の敗訴部分を破棄しました。

その上でT医師の説明内容、T医師が本件手術の必要性、内容、危険性等について説明をするのに十分な知識、経験を有していたか等について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻しました。

カテゴリ: 2008年11月12日
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