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No.126「強直性脊椎骨増殖症の患者が頸椎骨切除手術後に反回神経麻痺による声帯閉鎖に起因する呼吸不全により死亡。術後の呼吸状態の経過観察につき医師に注意義務の懈怠があるとして、病院側に損害賠償義務を認めた判決」

名古屋地方裁判所平成19年1月31日 判例時報1992号101頁

(争点)

  1. 患者の死因と予見可能性の有無
  2. 呼吸管理に関する経過観察義務懈怠の有無
  3. 経過観察義務懈怠と結果との間の因果関係の存否

(事案)

患者A(死亡当時71歳の男性)は、平成5年ころ、声帯の手術を受けた際、合併症として左反回神経麻痺を発症し、平成7年ころ、声帯にシリコンを注入する処置を受け、そのころから、呼吸苦を訴えていた。

Aは、他のクリニック受診を経て、平成15年8月11日、Y県厚生農業協同組合連合会(以下Y会という)が開設・運営するY病院耳鼻科を受診した。同耳鼻科の医師は、Aの症状として、左反回神経麻痺による左声帯の固定を確認するとともに、椎体の骨性病変及び咽頭後壁に突出の所見を認めたため、同年9月3日、同病院の整形外科医師であるH医師に相談した。H医師は、Aを強直性脊椎骨増殖症(ASH)と診断し、頸椎骨切除手術を実施することにした。

同年11月7日、AはY病院に入院し、Y会との間で、ASHの治療に関する診療契約を締結した。同年11月11日午後2時29分から午後4時20分までの間、頸椎骨切除手術が行われ、午後5時15分、手術を終えたAはナースステーションに隣接するリカバリールームに収容された。

午後9時ころからAの血圧が上昇し、体動が激しくなっており、看護師等が痰を吸引したり体位変換をしたりしてもその状態が改善しなかった。また、午後9時10分には、SpO2(経皮的酸素飽和度)が95ないし96パーセントになっていた。

看護師がH医師に対し、その旨を連絡したところ、H医師は、ベッドのギャッジアップを20度にすることを許可し、それでも不穏が続く場合にはセルシン1A(10mg)の筋肉注射をすることを指示した。その後も改善しないことから、看護師がセルシンを投与したところ、その数分後にAの呼吸状態は深い吸気と短い呼気というように変化し、午後9時25分ころ、Aは深い吸気のまま呼吸停止した。看護師が心臓マッサージを開始し、午後9時35分ころ、医師らが気管内挿管をし、その後人工呼吸器装着やボスミン投与などの蘇生術を行ったものの、午後11時50分にAの死亡が確認された。

そこで、患者Aの遺族(妻と子)がAの損害賠償請求権を相続し、Y病院を開設・運営するY会に対して、損害賠償請求訴訟を提起した。

(損害賠償請求額)

遺族の請求額:遺族両名(患者の妻と子)合計4620万円
(内訳:逸失利益1900万円+慰謝料2200万円+葬儀費用120万円+弁護士費用400万円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:遺族両名合計3673万0225円
(内訳:逸失利益1584万0259円+慰謝料2000万円+葬儀費用120万円+遺族年金301万0033円+弁護士費用270万円。端数不一致)

(裁判所の判断)

患者の死因と予見可能性の有無

裁判所は、まず患者Aの死因について、手術部位の出血が凝固塊となり、これがその周辺の反回神経を圧迫・麻痺させ、声帯が閉塞したことにより呼吸困難が生じたものと認定しました。そして、反回神経麻痺に起因する気道閉塞が生じた時点を、遅くとも、Aの体動が徐々に激しくなった午後9時ころであったと認定しました。

そして、反回神経麻痺による声帯閉鎖に起因する呼吸不全が急激に生ずることが知られており、比較的少量の出血においても時に発生する反回神経麻痺を予見して的確に対処することはそれほど容易なことではないことから、凝血で反回神経が麻痺することは、これまでの数百例の甲状腺癌の手術において実際に経験したことがないとしても、少なくとも相当規模、施設を有する総合病院の医療従事者にとっては、予見可能性が存在したと判断するのが相当であるとしました。

呼吸管理に関する経過観察義務懈怠の有無

裁判所は、本件事実から、H医師には、看護師から連絡を受けた午後9時10分ころ、看護師等に対して体動の原因を明らかにするための更なる指示を与え、同時に同医師自らあるいは当直医をしてAの呼吸状態等とともに術創の腫脹などを確認すべきであったとしました。特に、看護師等は、Aの創部に留置されていたドレーンの当てガーゼを開けてはいけないと指示されていたのであるから、医師が直接創部の状態を確認すべきであったと認定しました。

その結果、Aが呼吸困難な状態に陥っていることを知ったのであれば、これが反回神経麻痺に起因する可能性をも視野に入れ、不慮の事態が生じた時には即時に気管内挿管や気管切開の措置を講ずることができるよう準備を進めるべき注意義務があったとしました。

よって、H医師は、看護師からの連絡を受けても、Aの体動が痰詰まりと術後の通常の不穏と速断し、ギャッジアップとセルシンの筋肉注射を許可ないし指示するにとどまったものであるから、Aに対する経過観察において、注意義務を懈怠する点があったと判示しました。

経過観察義務懈怠と結果との間の因果関係の存否

午後9時10分ころにH医師が看護師から連絡を受けた際、Aの呼吸困難の可能性を考え、体動の原因究明のための更なる指示を看護師等に与え、かつ、いつでも気管内挿管や気管切開ができるよう準備するなどの適切な対応をとっていれば、実際よりも早期にAの呼吸困難が判明し、気道確保に対する適切な措置を執ることができたとしました。また、たとえその後にAが呼吸停止に陥ったとしても、気管内挿管の実施は1分もあれば可能であることからすれば、即座に気管内挿管を実施することができたと認定しました。

そして、そのような対応ができていたならば、Aの呼吸困難の原因が反回神経麻痺による声門閉塞であって、気道さえ確保できれば心肺機能も回復した可能性が高く、呼吸停止から脳の不可逆的損傷までに3分ないし5分要することも併せ考えれば、救命できた蓋然性が高いと認めました。

以上より、経過観察義務懈怠と死亡との間に、因果関係の存在を肯認するのが相当であるとして、Y病院を開設するY会に、H医師の使用者としての損害賠償義務を認めました。

カテゴリ: 2008年9月 5日
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