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No.120「国立病院で感音難聴者に結核治療のため硫酸ストレプトマイシン投与。患者の聴力喪失につき医師の過失を認めた高裁判決」

大阪高等裁判所昭和63年3月25日判決 判例タイムズ678号144頁

(争点)

  1. 医師Yの硫酸ストマイ投与と、患者Xの聴力障害増強との間に因果関係は認められるか
  2. 医師Yの硫酸ストマイ投与につき、過失が認められるか
  3. 損害額の算定につき、Xに硫酸ストマイ投与以前に聴力障害があったことを考慮し減額すべきか

(事案)

X(投与当時24歳の女性)は、職場検診の結果、肺結核症と診断され、昭和52年1月4日国立K病院に入院し、医師Yが主治医となった。Yは、化学療法として同月7日から同年5月31日まで1回1グラム、週2回の割合で合計42グラムの硫酸ストレプトマイシン(硫酸ストマイ)をXに投与した(本件硫酸ストマイ投与)。

Xは、15、6歳ころから原因不明の感音性難聴があり、投与前から聴力障害を有していた。昭和52年入院当時のXの難聴の程度は、左耳は高度難聴であって、右耳は中程度の難聴であったが、外見上支障のない程度に社会生活を送ることができていた。

Xは、K病院に入院中の昭和52年5月末ころ、自己の聴力の低下を自覚し主治医Yに聴力検査を申し入れたところ、同年6月2日付の検査では右耳4000サイクルで10デジベルから45デジベルへと急墜が認められ、この時点で硫酸ストマイの投与が中止された。しかし、その後もXの聴力障害は増強し、昭和55年9月に全聾により身体障害者第4級の認定を受けるに至った。

そこで、Xが国と主治医Yを被告として、損害賠償請求訴訟を提起した。

第一審(神戸地方裁判所昭和60年3月29日判決 判例タイムズ559号255頁)判決は、硫酸ストマイの投与とXの聴力障害の進行との因果関係を認め、さらにYにつき副作用による被害を回避すべき高度の注意義務に違反した過失があるとして、Xの請求を一部認容したため、国及びYが控訴した。

(損害賠償請求額)

第一審における原告の請求額:6257万5204円
(内訳:逸失利益3941万3221円+慰謝料1500万円+弁護士費用816万1983円)

(判決による請求認容額)

第一審の認容額:3784万円
(内訳:逸失利益3034万円+慰謝料400万円+弁護士費用350万円) 控訴審の認容額:第一審と同額

(裁判所の判断)

医師Yの硫酸ストマイ投与と、患者Xの聴力障害増強との間に因果関係は認められるか

裁判所は、まず本件硫酸ストマイ投与時の医学的知見について、硫酸ストマイの聴覚障害発生頻度につき、少ないもので0.5パーセント、多いもので10パーセントとする医学文献が発表されており、硫酸ストマイ使用前に感音性障害があった者からはかなり高率に聴力障害が発生するとの論文・資料が公表されていたと認定しました。

そして、Xの本件硫酸ストマイ投与前の原因不明の感音性難聴は非進行性のものであり、Xの当時の年齢や既に長期間に亘って進行を停止していたことなどに鑑みれば、容易に進行を開始するものとは考えにくいところ、本件硫酸ストマイ投与開始後の右耳の聴力低下の推移は、硫酸ストマイを含むアミノ配糖体抗生物質の聴力障害進行の過程と合致すること、左耳についても、右耳と同一の成因による可能性が肯定されることなどから、Xの聴力障害の増強と本件硫酸ストマイ投与との因果関係を認めました。

医師Yの硫酸ストマイ投与につき、過失が認められるか

裁判所は、医師が患者に対し、医療行為を行うに当たっては、その医療行為によって患者の身体に重大な副作用を発現させる危険性がある場合には、本来の治療目的に即し、緊急性等避けることができない場合を除き、副作用による被害を回避すべく高度の注意義務が求められ、特に重篤な治療不可能な障害に陥る危険を回避するため、最善の注意義務が要求されると判示しました。

その上で、本件におけるXの結核の治療方法の選択に当たっては、聴覚に対する副作用のある薬剤を使用すれば、Xの場合僅かな難聴の増強でも、即、日常生活上欠くことのできない聴覚の全てを失いかねない重大結果を来す可能性があることは明らかであったから、治療目的に即し、緊急性等これを避けることができない場合を除き、高度の注意義務に基づき、そのような薬剤の使用は許されないとしました。そして、硫酸ストマイが、感覚障害者には、より高度の聴力障害が発生する危険があって、難聴者には禁忌とするのが本件投与当時の医学的知見であったのであるから、Xに対し硫酸ストマイを投与することは、治療目的に即し、緊急性等これを避けることができない例外の場合を除き、許されないものであると判示しました。

そして、例外の場合に当たるか否かの点について、Xに対して聴覚喪失の危険性を侵しても硫酸ストマイを投与すべき治療上の緊急性は、Xの入院時における肺結核症の病状が軽症であり、その他の治療方法が可能であったのだから認められない判断としました。

以上から、Yには、専ら肺結核症の治療目的を優先させ、聴覚喪失という重篤かつ治療不可能な障害を回避すべき注意義務に違背した重大な過失があると認定しました。

損害額の算定につき、Xに硫酸ストマイ投与以前に聴力障害があったことを考慮し減額すべきか

この点につき、裁判所は、Xの本件硫酸ストマイ投与前の原因不明の感音性難聴は、非進行性のものであり、当時のXの年齢及び既に長期間に亘って進行を停止していたことなどに鑑みれば、容易に進行を開始するものではないこと、医師Yは、Xの難聴の認識を前提に治療行為を行うものであるところ、そこに医師としての重大な注意義務懈怠があり、Xの聴覚を喪失せしめるという悲惨な結果を来したのであるから、Xに硫酸ストマイ投与以前に聴力障害があったことをもって、損害額を減額することはできないとしました。

カテゴリ: 2008年6月 4日
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