平成19年6月26日 福岡地裁判決(判例時報1988号56頁)
(争点)
- 担当看護師の過失の有無
- 誤嚥の予見可能性の有無
- おにぎり提供についての過失の有無
- 義歯を装着しなかったことについての過失の有無
- 見守りについての過失の有無
(事案)
A(大正12年11月14日生まれの男性)は、老人性痴呆、前立腺肥大、高血圧、高尿酸血症の既往症を有し平成13年3月10日から介護老人保健施設に入所していたが、平成15年10月30日にY県立のY病院に入院(前回入院)した際には、尿路感染症、誤嚥性肺炎、痴呆、神経因性膀胱炎、高血圧症及び前立腺肥大症と診断され、治療を受けた。
その後も発熱や食欲不振が続き他院に入院していたAは、食欲低下が続いたため、再度Y病院に入院(本件入院)し、尿路感染症の治療を受けて症状が改善し、12月16日ころから経過観察をしながら転院先を探していた。
平成16年1月12日、担当看護師OがAに夕食としておにぎりを提供したが、その際、Aが義歯を入れると痛いと述べて拒否したため、義歯を装着しなかった。そしてOがAの病室(個室)を離れている間に、Aはおにぎりを誤嚥して窒息し、心肺停止状態となり、蘇生処置が行われたが意識が回復しなかった。その後、Aは意識が回復しないまま同年10月10日、呼吸不全にて死亡した。
(損害賠償請求額)
遺族の請求額:4050万9500円
(内訳:患者固有の慰謝料3000万円+遺族固有の慰謝料500万円+逸失利益1097万8670円+入院雑費40万9500円+葬儀費用150万円+弁護士費用360万円=5148万8170円の内金請求)
(判決による請求認容額)
裁判所の認容額:2882万8613円
(内訳:患者固有の慰謝料1600万円+遺族固有の慰謝料100万円+逸失利益731万9113円+入院雑費40万9500円+葬儀費用150万円+弁護士費用260万円)
(裁判所の判断)
担当看護師の過失の有無
(1)誤嚥の予見可能性の有無
この点につき、裁判所は、Aが前回入院の際も誤嚥性肺炎と診断されたこと、本件入院後も、「誤嚥のリスク状態」への対処が看護プランの重要事項としてあげられ、嚥下しやすい食事が提供されていたが、Aには軽度の嚥下障害がみられたこと、本件事故の前日の朝食時にOが看護師として担当していた際も、Aは牛乳を飲んでむせていたこと、看護日誌にも「食事摂取時は必ず義歯装着のこと。誤嚥危険大」と記載されて申し送られていたことなどから、本件事故当時、Aは義歯を装着しなければ食物を誤嚥する可能性があり、しかもそのことをOは認識していたと判示しました。
(2)おにぎり提供についての過失の有無
裁判所は、Y病院が嚥下状態が悪いAに対し、嚥下しやすい工夫がされていないおにぎりを提供したことは適当ではなかったといわざるを得ないが、当時、Aの食欲不振解消が重要事項となっており、そのために同人自身の希望に沿って提供されたものであったこと、これまでにおにぎりにむせたことはなく、注意して嚥下する限り誤嚥することはないことなどからおにぎりを提供したこと自体は過失ではないと判示しました。
(3)義歯を装着しなかったことについての過失の有無
裁判所は、この点につき、看護師Oから義歯の装着を勧められたにもかかわらず、Aがこれを拒否したこと、老人性痴呆症状も呈していたAが看護師の説得に応じることは期待できず、また、看護師が嫌がる患者本人に強制的に義歯を装着することも実際上不可能であることなどから、拒否された場合にまで義歯を装着すべき義務はなかったと判示しました。
4)見守りについての過失の有無
裁判所は、まず、義歯を装着しない場合には、装着した場合と比較して誤嚥の危険性が増すことを認定しました。そのうえで、担当看護師であるOとしては、Aが誤嚥して窒息する危険を回避するため、介助して食事を食べさせる場合はもちろん、Aが自分一人で摂食する場合でも一口ごとに食物を咀しゃくして飲み込んだか否かを確認するなどして、Aが誤嚥することがないように注意深く見守るとともに、誤嚥した場合には即時に対応すべき注意義務があったと判示しました。
また、仮に他の患者の世話などのためにAの許を離れる場合でも、頻回に見回って摂食状況を見守るべき注意義務があったと認定しました。
そして、Oは、これらの義務を怠り、Aの摂食・嚥下の状況を見守らずに約30分間も病室を離れたため、Aがおにぎりを誤嚥して窒息したことに気づくのが遅れたのであるからOには過失があると判断しました。
そして、看護師Oとその使用者であるY県に対して、連帯して、上記裁判所の認容額に記載の損害賠償を命ずる判決を言い渡しました。