東京地方裁判所平成19年5月28日判決(判例時報1991号81頁)
(争点)
- 入所者Aの容態急変は誤嚥によるものか
- 特別養護老人ホームを設置運営する社会福祉法人に、入所者の誤嚥監視義務などの違反があったか
- 損害額
(事案)
A(明治37年5月4日生まれ・女性・死亡当時98歳)は、平成7年4月ころ、社会法人Yが設置運営する特別養護老人ホームYに入所した。Aは、平成13年8月26日当時、食事をスプーン等を使用して自ら摂取することができた。Aは同日の昼食に玉子丼を選んだ。同日、Aは容態を急変させ、意識がなく、心停止、呼吸停止の状態となったため救急車で国立N病院に搬送され、そのまま同病院に入院した。
その後Aは2回転院し、平成14年7月9日に死亡した。死亡診断書には、直接の死因は老衰であり、直接の死因に影響を及ぼしたと考えられる傷病名は虚血性脳症である旨記載されている。
Aには相続人として二男X1・長女・二女X2の3人がおり、3名がAの権利義務を各3分の1ずつ相続した。
Aの子供のうち、X1とX2が、平成13年8月26日にAの容態が急変したのは、昼食の玉子丼のかまぼこ片等をAが誤嚥して窒息の状態に陥ったからであり、Yには債務不履行あるいは不法行為責任(使用者責任を含む)に基づき、Aの死亡についての損害賠償 義務があると主張してYに対して訴訟を提起した。
(損害賠償請求額)
遺族の請求額(子供2人合計・入所者の相続人は子供3人だが、訴訟を提起したのは、うち2人である):1974万9595円
(内訳:入所者本人の慰謝料2400万円についての子供2人の相続分3分2である1600万円+葬儀費用194万9595円+弁護士費用180万円)
(判決による請求認容額)
裁判所の認容額(子供2人合計):292万6666円
(内訳:入所者本人の慰謝料400万円についての子供2人の相続分3分の2である266万6666円+弁護士費用26万円)
(裁判所の判断)
入所者Aの容態急変は誤嚥によるものか
この点につき、裁判所は、平成13年8月26日に、口から泡を出し、苦しそうにするなどしていたAの容態の急変は、昼食を食べている時に発生したものであり、1回目の急変が生じた際に吸引処置をしており、2回目の急変が生じた際、Aはかまぼこ片一つを吐き出しており、3回目の急変の際には心臓マッサージをしていた際、Aののどの奥からかまぼこ片一つが取り出されていること、国立N病院の主治医が、Aが搬送された当時Aの症状について窒息と診断したことなどから、Aの容態の急変は、Aが玉子丼を食べていた際、かまぼこ片などを誤嚥し、気道が部分的に閉塞されたことにより生じた窒息が原因であると認定しました。
特別養護老人ホームを設置運営する社会福祉法人に、入所者の誤嚥監視義務などの違反があったか
この点につき、裁判所は、YはAに対するサービス提供にあたり、Aの生命、身体、財産の安全・確保に配慮する義務を負っていること、Aが平成12年3月に国立N病院に一旦入院し、退院する際、同病院から、食事摂取時にむせはないか嚥下状態の観察が必要である旨記載された院外看護要約を渡されていたこと、老人ホームYには専門的な医療設備はなく、介護職員らは医師免許や看護資格を有しておらず、医療に関する専門的な技術や知識を有していないこと、1回目ないし2回目の急変時に救急隊員が到着していればAの意識障害の程度を軽減できた可能性が認められないわけではないこと等から、老人ホームYの介護職員らは、Aに対して1回目の急変後Aの状態を観察し、再度容態が急変した場合には、直ちに嘱託医等に連絡して適切な処置を施すよう求めたり、あるいは119番通報をして救急車の出動を直ちに要請すべき義務を負っていたにもかかわらず、その義務を怠ったと認定しました。そして介護職員らはYの従業員であるから、Yは従業員らの不法行為について使用者責任を負うと判示しました。
損害額
裁判所は、平成13年8月26日の窒息はAの死亡の直接の原因ではないことから、葬儀費用を損害とは認めませんでしたが、Aの慰謝料として400万円が相当であると認めました。そして、上記裁判所の認容額記載の損害賠償をYに命じる判決を言い渡しました。