東京高等裁判所平成13年2月6日判決 判例タイムズ1109号198頁
(争点)
- 患者本人以外の者による診療契約締結の可否
- 患者の親として子に臓器を提供した場合、治療上の過失により子が死亡したとき、当該親はドナーとしての慰謝料請求ができるか
(事案)
A(死亡時23歳・寿司職人としてパート勤務をしていた男性)は平成3年12月頃、K大学付属病院で慢性腎不全と診断され、透析治療を受けていたが、父親Xから摘出した腎臓をAに移植する生体腎移植手術を受けることとした。そしてK大学附属病院の主治医から、学校法人Yの附属施設であるY大学医療センター(以下、Y医療センターという)の紹介を受け、生体腎移植手術がおこなわれたが、術後12日目にAは死亡した。
Aの両親(X及びXの妻)は、Yの術後管理及び事前準備に過失があったためにAが死亡したと主張して損害賠償請求訴訟を提起し、Xは、ドナーとしての固有の損害賠償も主張した。
一審判決(東京地裁平成12年2月28日 判例時報1732号87頁、判例タイムズ1108号230頁)は、Yの術後管理の過失を認めて、Aの相続人である両親への損害賠償責任をYに認めたほか、ドナーから摘出した腎臓をレシピエントに移植し、かつこれを適正に機能させるべく努めることは、ドナーと医療機関との間においても契約の重要な要素をなすから、Y医療センターの担当医がXからAへの腎臓移植手術後、術後管理の過失によりAを死亡させたことは、ドナーであるXとの関係でも過失があるとして、X固有の損害を賠償する責任をYに認めました。
(損害賠償請求額)
遺族の一審における請求額:8899万3849円(父親分4919万1924円+母親分3980万1925円)
(内訳:Aの逸失利益4880万3849円+慰謝料2000万円+葬儀費用120万円+父親固有の損害819万円+弁護士費用1080万円)
(判決による請求認容額)
一審(東京地裁)の認容額(両親合計):6885万2926円(父親分3892万1463円+2993万1463円)
(内訳:Aの逸失利益3326万2927円+慰謝料2000万円+葬儀費用120万円+父親固有の損害819万円(片方の腎臓喪失の自賠責保険での保険金相当額)+弁護士費用620万円端数不一致)
控訴審(控訴対象は父親分のみ)における裁判所の認容額(父親分のみ):2993万1463円(一審での母親分と同額)
(内訳:一審の父親分認容額3892万1463円�(父親固有の慰謝料819万円+弁護士費用のうち80万円分))
(裁判所の判断)
患者本人以外の者による診療契約締結の可否
裁判所は、まず、ある人の疾病を治療するとの診療契約は、医療機関とその患者本人との間でのみ締結することができる(意志能力・行為能力が欠ける者の場合は別である)と判示しました。
そのうえで、本件について、YがXからの腎臓摘出手術とAへの移植手術とを同時に担当するため、XとYの間の契約においては、Aに移植するためにXの腎臓を摘出し、これをAに提供することが、YのXに対する契約上の債務となるが、Aに対する移植手術が開始された後は、移植手術を適切に遂行することはAとYとの間に締結された診療契約の問題となり、XとYとの契約上の債務の内容とはならないと判断しました。従って、Aに対する術後管理に過失があったとしても、それをドナーであるXに対する債務不履行と認めることはできないと判示しました。
患者の親として子に臓器を提供した場合、治療上の過失により子が死亡したとき、当該親はドナーとしての慰謝料請求ができるか
この点につき、裁判所は、法は民法711条において親子等関係の深い者が抱く、患者の治療全般が成功し、通常人と同じ生活が送れるようになってほしいという期待が害された場合に固有の慰謝料請求権を認めており、これ以外には患者の生命について親といえども法的な利益を有するものではない、なぜなら、患者の生命身体は患者固有のもので、患者以外の者は、親といえどもこれを支配し利益を受けるべきでないからであると判示しました。
そして、患者の親として子に臓器を提供したドナーは、治療上の過失により移植が成功せず子の生命が失われたときは、親として民法711条により子を失った精神的損害について慰謝料の支払を受けられるのであって、失われた臓器のドナーとしてその臓器の喪失それ自体の賠償を受けることはできないと判断しました。
そのうえで、一審判決のうち、X固有の慰謝料819万円とそれに関する弁護士費用80万円の請求を認容した部分を取消しました。