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No.115「慢性腎不全の末期患者に対して、県立病院が精神的疾患を理由に長期血液透析を実施せず、患者は死亡。県と医師に患者遺族に対する慰謝料と弁護士費用の支払を命じた高裁判決」

福岡高等裁判所宮崎支部平成9年9月19日判決 判例タイムズ974号174頁

(争点)

  1. 患者に長期血液透析の適応があったか
  2. 医師が患者に長期血液透析を実施しなかったことに過失が認められるか
  3. 損害

(事案)

患者A(昭和23年生まれ、死亡当時42歳の女性)は、平成2年6月ころより、精神障害、糖尿病、尿路感染症等の治療のためにY県内にあるI病院等に入院して治療を受けていたところ、平成3年7月2日ころより腎機能が急激に悪化したことから、同月12日、血液透析を含めた治療の実施を目的としてY県が開設するY1病院で診察を受けた。

患者Aを診察したY1病院内科医長Y2医師は、患者Aには、血液透析療法を実施する適応がないと判断した。また、同月17日、患者Aは、再び県立病院に来院し、同病院精神科に入院した上で、精神障害に関する諸検査を受けた。Y2医師は、患者Aが精神科の諸検査の結果重度の精神分裂病(現在の統合失調症)であると診断されたことから、患者Aには血液透析療法を実施する適応がないと判断し、血液透析を行わず、患者AをI病院に帰院させた。その後、患者Aは同月20日、I病院で死亡した。

患者Aの両親が原告として、Y2医師とその使用者であるY県に対して損害賠償訴訟を提起した。一審判決前に父親が死亡し、相続人である母親と兄弟姉妹が父親の損害賠償債権を相続した。

(損害賠償請求額)

一審での遺族(当初両親,判決時には父親が死亡したため母親と4名の兄弟姉妹の5名)
合計の請求額:6361万3777円
(内訳:逸失利益2861万3779円+患者固有の慰謝料2000万円+両親の慰謝料計800万円+葬儀費用120万円+弁護士費用580万円,端数不一致)

控訴審での遺族5名の請求額:2000万円
(内訳:一審請求額の内金)

(判決による請求認容額)

第一審の認容額 遺族5名合計:560万円
(内訳:患者固有の慰謝料500万円+弁護士費用60万円)

控訴審の認容額 遺族5名合計:660万円
(内訳:患者固有の慰謝料500万円+両親の慰謝料計100万円+弁護士費用60万円) 

(裁判所の判断)

患者に長期血液透析の適応があったか

裁判所は、この点につき、まず、当該施設の人的物的設備に限界があり真実やむを得ない状況でないのであれば、少なくとも、医師が身心の治療を行っていても、患者が興奮したり暴れたりして血液透析の施行自体が困難となったり、日常の自己管理ができず血液透析を施行しても死亡する事態となることが、近い将来に予想されるか、腎不全状態が改善されても、退院して日常生活を営み得る可能性がない場合などの事情がある場合でなければ、血液透析をなすべき義務があると判示しました。

その上で、裁判所は、患者Aについては、十分な精神科の治療を受けるならば、近い将来に血液透析の施行自体が困難となる事態は予想されないこと、日常の自己管理についても、入院生活を送っている場合には特段の監視や管理を行わなくても特に問題を生じない可能性は十分にあると考えられ、血液透析を継続すること自体は十分見込があることなどから、患者Aには長期血液透析導入の適応があったと認めました。

医師が患者に長期血液透析を実施しなかったことに過失が認められるか

裁判所は、7月17日以降、患者Aは、末期の腎不全であり、救命するためには血液透析を行う以外に方法がなく、これを行わなければ早期に死に至る状態であったものであり、このことはY2医師も認識していたと判示しました。

そして、患者Aには長期血液透析の適応があるのであるから、Y2医師には速やかに血液透析を実施すべき義務があり、それをしなかった点に過失があると判断しました。

損害

損害の範囲の判断において、患者Aが退院して日常生活を営み得る可能性については、身体症状及び日常の自己管理という点からするとむしろ低いというべきであるとして、患者Aの損害として逸失利益を認めませんでした。 また、葬儀費用についても、血液透析事態が危険を伴い自己管理が要求されるものであり、患者Aが難治性の尿路感染症であったことから、血液透析を導入しても比較的早期に死亡した可能性はむしろ高いとし、損害として認めませんでした。

他方で、一審と異なり、血液透析を導入すれば当面は生存が可能であったのに、直ちに死亡することになったことによる精神的苦痛に対する慰謝料については、患者Aの病状、血液透析が拒否されて死亡するまでの経過、その他本件に現れた諸般の事情を考慮して、患者と両親の両方に認めました。

カテゴリ: 2008年3月18日
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