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No.112「歯列矯正歯科治療の契約を患者が治療途中で解除。歯科医師の債務不履行は否定するが治療行為の未履行の部分の治療費の返還義務は認めた地裁判決」

東京地方裁判所平成13年2月26日判決 判例タイムズ1138号131頁

(争点)

  1. Y歯科医師に債務不履行責任があるか
  2. 矯正治療契約の解除により、未治療部分の治療費の返還が認められるか

(事案)

患者X(女性)は、平成8年はじめころ、近く結婚することを機に歯列矯正治療を受けることとし、外科併用の矯正術式を用いることにより通常よりも短期間で矯正することができる歯科医師としてY歯科医師を紹介され、同年2月19日、Yの診察を受けた。

Yは、平成8年3月4日、Xに対し、治療計画書を示して、上下左右の第一小臼歯を抜歯しコルチコトミー(外科的に皮質骨を除去あるいは切離することによって、歯及び歯槽骨を可動性にして、その後矯正装置を用いて不正の改善及び良好な咬合の獲得を図る治療法)を併用して矯正治療を行うことを治療の第一計画とし、歯冠修復等の保存処置については第二期計画にすることなど治療計画の概要を説明した。また、矯正治療に要する期間については、通常の方法と異なりコルチコトミーを併用して矯正するので、Xの協力を前提として8ないし10ヶ月程度の短期間で済む予定であること、費用について、自由診療しか行わず、第一期計画分だけで295万3422円となること等を説明した。

Xは、治療起案が通常よりも短期間となる旨の説明を受けたことから、Yの下で治療を受けることとし、本件治療契約が締結された。

Xは、平成9年1月ころからYの治療に対して疑問を抱くようになり、さらに矯正治療の開始から10ヶ月を経過しても治療が継続されていたことから、Yにその理由と治療終了までの見通しの説明を求めたが納得のいく説明が得られなかった。さらに平成9年5月16日には、Yから第二期計画についての説明を受け、費用の見積もりが696万9585円となると言われた。

XはYに対して不信感を募らせるようになり、同年7月11日、Yに対して、本件治療契約を解除するとの意思表示をした。

その後Xは、治療期間の徒過、上顎の前歯部と臼歯部の間の空隙、左右臼歯部を舌側に傾斜させたことが債務不履行にあたるとして、Yに対して既に支払った治療費及び慰謝料の損害を求めて、損害賠償請求訴訟を提起した。

(損害賠償請求額)

原告の請求額:471万7895円
(内訳:不明だが,治療費295万3422円+慰謝料他176万4473円と推測)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:75万3685円。
(内訳:治療費の返金額(2割相当分)59万0685円+諸費用の返金16万3000円)

(裁判所の判断)

Y歯科医師に債務不履行責任があるか。

まず裁判所は、矯正治療は、生体に矯正力を加えることにより咬合状態の不正を改善することを目的とするものであるから、矯正治療契約の法的性質は準委任契約であり、仕事の完成を目的とする請負契約ではないと判示しました。

そして、本件治療契約の締結に当たって治療期間ないし矯正治療に要する期間が示されたとしても、Yはその期間内に矯正治療を終了させるように努めることを約束したにとどまり10ヶ月が「履行期限」として合意されたとはいえないと判断しました。そして、10ヶ月間の治療期間が履行期限ではなく、Yが10ヶ月以内に矯正治療を終了させるように努めることを怠ったと認めるに足りる証拠もないとして、期限徒過が本件治療契約の債務不履行であるとのXの主張を採用しませんでした。

次に、上顎の前歯部と臼歯部の間の空隙については、Yは本件治療後の第二期計画において補綴物により空隙を閉鎖する治療方法をとることを予定しており、そのことが矯正歯科医師としての裁量を逸脱したものとはいえないとして、債務不履行にあたるとのXの主張を採用しませんでした。

さらに、臼歯部の舌側への傾斜についても、特に異常なものではなく、矯正治療が適正にされた結果であり、Yには注意義務違反がないと判示しました。

そして、裁判所はY歯科医師には債務不履行は無いと判断しました。

矯正治療契約の解除により,未治療部分の治療費の返還が認められるか。

裁判所は、準委任契約である本件治療契約は、終了までの経緯に照らしてXの解除により、履行の途中で終了したと判断しました。

そして、準委任契約において、委任が受任者(本件ではY歯科医師)の責めに帰すことができない事由により履行の途中で終了した場合、その場合でも報酬全額を得ることができる旨の特約がない限り、受任者は、履行の割合に応じて報酬を受けることができるにとどまり、既に受領した報酬のうち、履行の割合に応じた報酬を超える分については委任者(本件では患者X)に返還する義務を負うと判示しました。

その上で、本件治療契約上、このような特約があるとの主張立証はされていないことを指摘し、Y歯科医師が履行の割合に応じて取得することができる報酬額についての検討を行いました。

そして,歯列環境を整えるための矯正については、ほぼ履行を終えたが、矯正の結果を保持するのに必要不可欠な後戻り防止のための処置は終了しておらず、後戻りが生じている点、矯正を要する時期が通常よりも短期であることを前提に通常よりも高い治療費が設定されているにもかかわらず、(患者の協力が十分でなかったにせよ)治療に長期を要した点等を考慮し、Y歯科医師が履行の割合に応じて取得することができる報酬は、本件治療費295万3422円の8割が相当であると判断しました。

その結果、裁判所は,Y歯科医師は患者Xに対して、本件治療費から8割相当の報酬を控除した59万0685円と本件治療契約に含まれると認められる、Xの結婚式のため矯正装置を一時取り外して再装着する処置に要した本件諸費用16万3000円の合計75万3685円を返還する義務があると判断しました。

カテゴリ: 2008年2月13日
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