松江地方裁判所平成14年1月30日判決 判例タイムズ1123号115頁
(争点)
- 受刑施設職員(副看守長)に注意義務違反があるか
- 受刑施設の非常勤嘱託医に注意義務違反があるか
(事案)
A(死亡当時44歳の男性)は、平成8年7月10日、道路交通法違反(酒気帯び運転)により懲役2月の実刑判決を受け、同月19日にH受刑施設に入所した。入所後Aに手の震えや不眠が見られたため、B副看守長は、同月22日の午後1時ころ、受刑施設の非常勤嘱託医であるC医師(内科医)に電話で報告したところ、C医師はAを自ら診察することなく、アルコール依存症の疑いがあり、不眠に対して睡眠導入剤であるレンドルミンを処方するよう指示した。その後もAに徘徊や独り言、幻視、看守の制止への抵抗がみられたため、同月22日午後9時50分、BはAを保護房に拘禁した。同月23日、BはC医師にAを保護房に拘禁したことやAの様子を電話で報告したところ、C医師はレンドルミンの増量や、脱水症状にならないようにAに水分を摂らせることを指示したが、具体的な水分の量や水分摂取量を把握するまでの指示はしなかった。また、緊急に往診する必要はないと判断した。
同月24日朝、H受刑施設の職員が、Aはなお意味不明の独り言を言っているが、今朝方から落ち着いたので診察にきてほしいとC医師に電話で依頼をし、同日の午後2時38分から46分までの間、H受刑施設でC医師がAを診察し、脱水症状はあっても軽微なものであり、アルコール離脱症状は回復期に向かっているものと診断し、ただ、アルコール依存症による脱水症状になることも予測されたので、H受刑施設長やB副看守長に対し、Aに十分な水を飲ませるよう指示したが、摂取すべき具体的な水分量の指示や水分摂取量を把握することの指示まではしなかった。
同月25日午前1時25分ころ、Aが保護房内で動かずにいることに不審を抱いたH受刑施設の職員がAに数回呼びかけたが反応がなかった。そして、午前1時46分ころ、B副看守長らが開扉したところ、Aの脈拍が確認できなかった。その後Bらは救急車到着までAに心臓マッサージ・人工呼吸を施したがAの意識は回復せず、救急車到着後、Aは国立D病院に搬送されたが、午前2時30分ころ死亡が確認された。
Aの両親と内縁の妻が、B副看守長とC医師の任用者である国に対して、損害賠償請求訴訟を提起した。
(損害賠償請求額)
遺族(父親)の請求額:858万円
(内訳:葬儀費用130万円+慰謝料650万円+弁護士費用78万円)
遺族(母親)の請求額:715万円
(内訳:慰謝料650万円+弁護士費用65万円)
遺族(内縁の妻)の請求額:4691万294円
(内訳:慰謝料1300万円+逸失利益2965万294円+弁護士費用426万円)
(判決による請求認容額)
遺族(父親)の認容額:660万円
(内訳:葬儀費用100万円+慰謝料500万円+弁護士費用60万円)
遺族(母親)の認容額:550万円
(内訳:慰謝料500万円+弁護士費用50万円)
遺族(内縁の妻)の認容額:4023万2785円
(内訳:慰謝料1000万円+逸失利益2658万2785円+弁護士費用365万円)
(裁判所の判断)
受刑施設職員(副看守長)に注意義務違反があるか
裁判所は、まず、監獄法及び同規則に基づいて、受刑施設の職員は、被拘禁者の生命、身体を保全し、かつその健康が害されることのないように注意し、もし被拘禁者が疾病にかかった場合には、非常勤の嘱託医の診療を受けさせ、医師に被拘禁者の病状、容態の推移を的確に診察させた上で、必要があるときは病院に移送するなどの適切な処置を講じ、もって自由が拘束され、自力ではその回復処置のとれない状態にある被拘禁者の生命、身体の保持に努める注意義務を負っていると判示しました。
そして、本件保護拘禁当時のAの状態が異常であることは自明であるかにもかかわらず、Bが医師の意見を聞くこともなく、過去のアルコール依存症を収容処遇した経験などからAの徘徊、幻視、精神運動性興奮などの症状は数日内には治まり、意識障害も回復するものと考え、本件保護房拘禁の事前または事後に医師の診断を不要と判断してAが医師の判断を受ける機会を逸しせしめたことには、Aの生命、身体を保全すべき受刑施設の職員としての注意義務違反があったと判断しました。さらに、Bらが同月24日午後までAを医師に受診させなかった点についても、脱水症状やうつ熱を相加的に進行させる結果となり、Aの生命、身体を保全すべき注意義務違反があると判示しました。
受刑施設の非常勤嘱託医に注意義務違反があるか
裁判所は、医学上の知見として、アルコール離脱症候群に対しては、精神科的措置として、早期離脱の段階で、ジアゼパムを投与して振戦せん妄への移行を防止するとともに、内科的措置として、脱水症状、電解質の異常、心臓、肝臓等の内臓疾患等の重篤な合併症の有無をまず把握し、これが認められるときには、合併症の完治、治療を行うことが死亡防止のためにも重要であることを指摘しました。
また、非常勤の嘱託医であるC医師には、専門家である監獄の医師として、適切な治療をすることはもちろん、受刑施設の職員に対して、被拘禁者に対する観察、措置等について適切な指示をし、また治療上必要のあるときは、遅滞なく病院等に移送するなどの適切な処置を講じもって被拘禁者の生命、身体の保持に努める注意義務があるとしました。
その上で、裁判所は、A医師が7月22日にB副看守長から報告を受けた後、診察の必要はないものと安易に判断してレンドルミンを投与して様子をみることとし、精神科的措置はもちろん、内科医としても内科的措置も何ら講じなかったことから、注意義務違反があると判示しました。
また、7月23日にBから電話で報告を受けた時点でAに脱水症状の危険があり、せん妄などから水分をAに与えることが困難であることが容易に予見されたにもかかわらず、受刑施設の職員に対し、Aへの給水管理の具体的指示をしなかったこと、24日朝電話を受けた時点で直ちに診察しなかったことも注意義務違反であると判示しました。
更に、7月24日に診察した時点で、C医師がAのアルコール離脱症状は回復期に向かっており、輸液や病院に転送する必要はなく、保護房拘禁を継続しても差し支えないと判断したことは、不十分な検査や、それまでの身体管理が不十分であったことなどにも照らして誤りであったと認定しました。そして、C医師としては、診察時にAの状態を的確に診断し、直ちに(脱水に対する措置や合併症の検査・治療等)高度な医療体制を持つ医療機関に転送すべきであり、これらの処置をとっていれば、Aの死亡を回避できた可能性があったとして、これを怠ったC医師の注意義務違反があると判断しました。