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No.109「69歳の女性が髄膜腫摘出手術中に急性硬膜下血腫が生じ、患者が死亡。閉頭操作及び頭部CT検査の実施の遅延により硬膜下血腫の除去が遅れたとして、病院側に損害賠償責任を認めた判決」

福岡高等裁判所平成18年10年26日判決 判例タイムズ1243号209頁

(争点)

  1. 本件血腫の発見が遅れたことについてH医師らに過失があるか
  2. 損害額に術後の患者の後遺障害の残存の可能性を考慮するべきか

(事案)

患者A(昭和5年生まれの女性)は、平成9年頃より、年に1回程度、回転性のめまいを感じていた。平成12年6月2日、いつもより強いめまいを感じ、他院でMRI検査を受けた。その結果、脳腫瘍が見つかり、同月6日、特殊法人であるY共済組合連合会が開設するY病院の脳神経外科を受診し、髄膜腫と診断された。患者Aは、髄膜腫の摘出手術(本件手術)を受けるために同月14日に、Y病院に入院した。

同月15日14時03分、本件手術は日本脳神経外科学会が認定する専門医であるH医師らの執刀で開始された。14時45分ころ、H医師らがドリルを用いて頭蓋骨を穿孔し、骨片を外したところ、硬膜が非常に緊満し、収縮期血圧が約220?Hgまで上昇し、上矢状静脈洞の一部から噴水状の出血が生じた。

H医師らは、患者Aの頭蓋内圧の亢進の原因を髄膜腫内あるいはその周辺からの出血であると考え、髄膜腫を摘出した。しかし、頭蓋内圧亢進は全く改善せず、その原因は、髄膜腫内あるいはその周辺からの出血ではないことが明らかとなった。このため、17時15分、H医師らは開頭部に骨片を戻せないまま人工硬膜を用いて硬膜・頭皮のみを縫合して手術を終え、閉頭した。

H医師らは、その後、頭蓋内圧亢進の原因を明らかにするため、患者Aに対し、17時45分に頭部CT検査を実施し、髄膜腫の対側に急性硬膜下血腫(本件血腫)が形成されていることを発見した。直ちに開頭血腫除去を施行することとなり、18時18分に、同除去術(本件再手術)が開始された。H医師らは、本件血腫を除去し、21時45分に本件再手術を終えて閉頭した。

本件再手術後、患者Aの大脳皮膜の戻り・拍動とも不良であった。その後の患者Aに対する頭部CT検査では、右大脳半球広範囲から左口頭葉にかけて梗塞巣の出現が描出された。

患者Aはそのまま意識障害のまま回復せず、同月17日1時26分に急性硬膜下血腫により死亡した(当時69歳)。

患者Aの相続人(夫と2人の子)が原告となり、H医師らの使用者であるY共済組合連合会を被告として損害賠償請求訴訟を提起した。

(損害賠償請求額)

患者の遺族の一審での請求額(患者の夫子合計):4024万 (内訳:慰謝料2500万円,逸失利益:1074万円,葬祭費用150万円,弁護士費用300万円)

一審の認容額(患者の夫子合計):3363万4151円
(内訳:慰謝料2200万円,逸失利益:713万4150円,葬儀費用150万円,弁護士費用300万円。端数不一致)

(判決による請求認容額)

控訴審の認容額(患者の夫子合計):1270万円
(内訳:慰謝料1000万,逸失利益0円,葬儀費用150万円,弁護士費用120万円)

(裁判所の判断)

本件血腫の発見が遅れたことについてH医師らに過失があるか

まず、裁判所は本件血腫の発生原因とその時期について、本件手術による開頭操作時に何らかの原因で本件血腫の原因となった出血が生じ、硬膜の非常な緊満が認められた14時45分までには本件血腫が形成されるに至ったと認定しました。

また、一般に、硬膜下血腫が脳に深刻な影響を及ぼす可能性は大きいものというべきであるから、医師としては、硬膜下血腫が疑われる患者については、患者の脳が不可逆的な損傷を受けることがないように、可及的速やかに血腫の発生部位を特定し、外科的手術によって血腫を除去すべき注意義務を負っているものというべきであると判示しました。

その上で、H医師らが髄膜腫の摘出を優先させた点については、頭蓋内圧の亢進があった場合、腫瘍内部ないしその周辺に出血がある可能性が高いのであるから、H医師らの判断とそれに基づく本件手術の続行自体には注意義務違反が認められないと判断しました。

しかし、髄膜種の摘出から、本件手術の終了まで約1時間15分ないし1時間30分を要し、頭部CT検査までは1時間45分ないし2時間も要している点については、H医師らが見込んでいた髄膜腫の内部ないしは腫瘍周辺の出血の可能性が否定された以上、出血の部位及び程度を可及的速やかに特定することが急務であり、そのためには頭部CT検査を実施することこそが必要であったのであるから、一刻も早く閉頭して本件手術を終えることが求められていたと判示しました。14時45分までには本件血腫が形成されていたのであるから、頭部CT検査が実施された17時45分には既に血腫形成から3時間(ある程度脳機能を残して生存することが可能な時間)を経過していたものであり、本件再手術が開始された18時18分以前に患者Aには大脳の致死的損傷が生じていたと考えられると判断しました。

そして、H医師らが本件手術の終了に手間取り、その結果、頭部CT検査の実施を遅らせ、ひいては本件再手術の開始を遅らせることになったのであるから、この点において、H医師らの責任は免れないと判断しました。

損害額に術後の患者の後遺障害の残存の可能性を考慮するべきか

一審の大分地方裁判所は、死亡当時69歳の主婦であった患者Aの逸失利益を認めました。

これに対し、高裁は、本件血腫は相当大きいものであり、したがって脳に与える影響も大であったと窺えることから、仮にH医師らが速やかに本件再手術をし、患者Aを救命できていたとしても、重篤な或いは少なくとも相当高度な後遺障害を残していた蓋然性が高いと判断し、患者Aの逸失利益を認めませんでした。また、慰謝料についても、同様の事情を考慮し、一審の認定額よりも減額しました。

カテゴリ: 2007年12月11日
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