平成15年10月7日 東京地方裁判所判決
(争点)
- 原告AがARDS、DIC、MOFに陥った原因
- 上記原因がMRSAであるとして、被告病院には早ければ7月14日から、遅くとも同月17日朝から、原告Aに抗生剤バンコマイシンを投与する義務があったか
- 上記の投与を行っていれば、原告Aの心停止を回避することができたか
- 損害額
(事案)
原告Aは昭和46年生まれの女性。原告Bは夫、原告CDEはAB間の子供。
被告は、大学病院を経営する学校法人。原告Aは、被告病院に入院し、平成8年7月12日に帝王切開手術により双子(原告D及びE)を出産後、7月16日にARDS(成人呼吸窮迫症候群)、DIC(播種性血管内凝固症候群)、MOF(多臓器不全)に陥った。
その後原告Aは7月18日午前3時15分ころ心停止となり、低酸素脳症に陥った。担当医師は同日午前9時30分ころ、抗生物質バンコマイシンの投与を開始した。低酸素脳症により、原告Aには精神知能障害及び四肢・体幹機能障害の後遺障害(等級認定第1級)が残った。
(損害賠償請求額)
1 原告A
(1)1億2,581万4,930円(内訳:入院治療費326万5450円+休業損害300万円+逸失利益6,225万9,480円+後遺症慰謝料3,000万円+弁護士費用1,979万円+将来の介護施設入居費用750万円)
(2)平成8年7月16日から同原告が死亡までの間、1日あたり1,500円(入院雑費)
(3)被告が同原告を被告病院から退去させた日から同原告死亡までの間、毎月51万9,208円(看護料)
2 原告B
2,450万3,729円(内訳:慰謝料2,000万円+証拠保全手続に伴う謄写料や原告Aの禁治産宣告手続鑑定費用など50万3,729円+弁護士費用400万円)
3 原告CDE各自 各360万円(内訳:慰謝料300万円+弁護士費用60万円)
(判決による請求認容額)
1 原告A
(1)9,433万5,054円(内訳:入院治療費326万5,450円+入院雑費0円+休業損害167万5,750円+逸失利益5,839万3,854円+後遺症慰謝料2,600万円+介護施設入居費用0円+弁護士費用500万円)
(2)原告が被告病院を退去した日から死亡までの間、毎月末日限り、1日当たり1万5,000円(看護料)
2 原告B
385万2,729円(内訳:慰謝料300万円+謄写料や鑑定費用など50万3,729円+弁護士費用35万円)
3 原告CDE各自
各自110万円(内訳:慰謝料100万円+弁護士費用10万円)
(裁判所の判断)
ARDS、DIC、MOFの原因
MRSAを原因とするセプシス(感染による全身性炎症反応症候群)と認定。
早ければ7月14日から、遅くとも同月17日朝から、抗生剤バンコマイシンを投与する義務があったか
被告の病院(医系総合大学の付属病院)においては、7月10日採取の羊水の細菌培養検査結果は、遅くとも7月14日の午後1時までには終了させるべきであり、そうであれば、担当医師は、遅くとも7月15日午前中には、原告Aの感染の原因菌がMRSAであることを知り得た(実際に担当医師が知ったのは17日)とした。そして、被告病院には、原告Aの症状からも遅くとも7月15日午後7時ころには、MRSA感染症治療としてのバンコマイシンを投与すべき義務があったのに、実際に投与したのは7月18日午前9時30分であるから、義務違反があったと認定。
結果回避可能性
7月15日午後7時ころの時点では、原告Aの状態は、まだ敗血症性ショックには至っていなかったと認定。被告病院が遅くともこの時点で、バンコマイシンを投与していれば、心停止により低酸素脳症に陥るという本件結果を回避することができた高度の蓋然性が認められると判断。
損害額について
原告Aが被告病院にて完全看護されていることなどから入院雑費の損害を否定。
休業損害については、7月15日の医療事故から、症状が固定した平成9年1月18日までの6ヶ月間、100%家事労働に従事できなかったとして、賃金センサス平成8年の産業計、企業規模計、学歴計、女子労働者の全年齢平均の賃金額335万1,500円を基礎として、335万1,500円×6/12×100%=167万5,750円を認定。
逸失利益は、労働能力喪失期間を67歳までの42年間(ライプニッツ係数17.4232)、基礎収入を上記賃金センサスの平均賃金として、335万1,500円×17.4232×100%=5,839万3,854円と認定。
原告Aが被告病院から出ることになった場合、自宅介護になるのか、原告らの主張する介護施設に入居することになるのか、それ以外の施設に入居することになるのかは現時点では不確定であるから、原告らの主張する施設に入居することを前提とした入居費用750万円を本件医療事故と相当因果関係のある損害として認めることを否定(その他の項目については上記「裁判所が認めた額」内訳参照)。