茨城県医師会
茨城県医師会(原中勝征会長、会員数=2594人)は今年3月、全国に先駆けて「茨城県医療問題中立処理委員会」を立ち上げた。医療事故・医事紛争・医療関係訴訟が頻発する中、医療側、患者側双方が胸襟を開いて紛争解決に向けた話し合いの場を提供することが目的。すでに5月末までに6件の申立て案件があがっており、早ければ6月中にも中立処理委員会でのあっせん・調停会議が開催される見通しになっている。
写真:医師会のあるメディカルセンター
2年がかりで中立委員会の設立を検討
医療過誤・医療事故による医療側と患者とのトラブルである医事紛争は、情報開示や患者の権利意識の高まりなどから徐々に増加傾向にある。最高裁判所がまとめた医療関係訴訟データによると、件数は9年前の約2倍に増加し、2005年には約1000件が受け付けられている。平均審理期間は26.8か月で、以前よりは短縮されてきたとはいえ、2100件が未済となっており、医療側、患者側にも大きな負担となっている(参考:裁判所データ)。
医事紛争は、医療過誤や医療事故などのほか、医療側に過失がなくとも患者側の誤解によって起こることもある。その一方、患者側が過失を察知していても紛争にまで発展しないこともある。すなわち紛争に発展するか否かは、医師と患者の信頼関係に左右されるケースが多いようである。
多くの都道府県医師会には「医事紛争処理委員会」が設置され、会員から寄せられた医事紛争の処理や情報提供などに取り組んでいる。しかし、これはあくまでも医師会の組織であり、患者など外部からは医療側に偏っているとの不満がつきまとう。患者側にとっては、医療側に過失ありとの裁定がなされた場合でも満足できず、ましてや過失がないとの裁定の場合は、度重なる要求も起きている。こうしたことから紛争処理のための中立委員会の必要性は、04年3月にまとめられた日本医師会・未来医師会ビジョン委員会でも言及されているが、具体化に漕ぎつけたのは茨城県医師会が初めてだ。
患者側・医療側が胸襟を開いて話し合う場を提供
茨城県医師会は、04年に準備委員会を立ち上げ、2年がかりで検討を重ね、今年2月24日の代議員会に提案、3月18日から正式に医療問題中立処理委員会を立ち上げた。この間、中立の委員会を医師会が設置することに対する疑問、医療機関側のメリット、運営費用等々をめぐる議論が行われた。結局、医事紛争を解決するためには、患者側・医療側双方が胸襟を開いて真摯に話し合い、互いの誤解を解くことができる場を設けることが必要であるとの認識が広がり、代議員会では運営費用400万円を含め、満場一致で承認された。
「患者からのクレームは患者に何らかの不利益があったことから発生します。不可避的な事例であっても、まず患者からの言い分を聞くことが大切です」と小松満副会長は語る。さまざまな事例を見るまでもなく、紛争に至る原因の6割は「意思疎通ができていない」ケースといわれる。その意味でも初期の行動が大切になる。時間が経過するに従って、患者には不安がつのり、問題がこじれる。患者は何がどうなったのか、事実を知りたいという思いがあり、医療側にも患者に理解して欲しいことがある。根が深い事例は他の機関に委ねることになるが、お互いに話し合って、誤解を解くことによって解決するケースも少なくないはずだ。
中立処理委員会の委員は、弁護士3人、大学教授やマスコミ代表からなる学識経験者2人、市民代表2人、それに県医師会から小松満副会長、小沢忠彦常任理事、石渡勇常任理事の3人が加わった10人で構成。委員長には弁護士の荒川誠司氏、副委員長に常盤大学教授の冨田信穂氏が就いた。
このメンバー構成について小松副会長は「中立の委員会であり、なるべく医師は遠慮しようということだった」と語る。このため当初は医師会からの委員も2人に抑えるつもりだったが「専門家がいないとわからないことが多い」と委員長に要請される形で3人が入った。軌道に乗ったら「医師会の委員は降りるつもり」(小松副会長)という。減員分の候補については未定。それでも運営費用が医師会予算から出ているために「外部からは医師会寄りと見られるかも知れないが、運営面で中立性を見てもらう」ときっぱり。
運営は公正・中立・公開が基本
茨城県医療問題中立処理委員会は、医事紛争の当事者である患者、医療側双方に真摯な話し合いの場を提供し、お互いの誤解を解くことで信頼関係の確保を図ることが目的。医事紛争という微妙な問題を扱うだけにその運営には公正、中立を期している。ただ、医師会としても初の試みであり、具体化にあたって戸惑うこともあった。そこで参考になったのが茨城県が設置している「消費者苦情委員会だった」(小松副会長)。
まず、医療問題中立処理委員会の規約では「患者と医療側が話し合える場を提供し、中立の立場で問題処理への支援を行う」と謳い、委員会の審議事項として、(1)申し立て事案の対応に関すること(2)あっせん・調停会議構成員の人員に関すること(3)その他、委員会の運営に必要な事項―と定めている。あっせん・調停会議は、委員会が必要性を認めた事案について、「あっせん・調停会議を開催し、調査、検討し問題の処理に当たる」とされている。
また当事者が委員会に申し立てする場合の申立書、受理の通知書、紛争処理事案にかかわる担当構成員の指名、あっせん・調停の手続きの同意書、代理人選任届け、調停案、和解書、あっせん・調停に打ち切り、事案の取り下げ等について詳細な書式を定めている。申立人から申請書が出されて、委員会が受理、あっせん・調停の成立(または不成立)、紛争処理終了までの流れは、図1のようである。
問題になったのが、医師会会員以外の医療機関からの申立てにどう対応するかということだった。本来なら医師会の予算から運営費を出しているため、会員外は対象にならないが「大きな視野で医療界全体を考えて、非会員でも応じることにした」(小松副会長)。ただ、「美容整形については対応できない」という。
茨城県医師会の試みは全国の注目の的。「日本医師会をはじめいろいろな医師会からの問い合わせがあります」というのは石渡常任理事。すでに患者側、医療側から数件の申立てが届いている。これからそれぞれの事案について審議を行い、受理するかどうか、受理した場合のあっせん、調停などについて委員会の活動がいよいよ始まる。
写真:取材にご協力頂いた小松副会長(左)と石渡常任理事(右)