「患者参加の医療安全」が注目されている。いま医療の現場ではかつてない医療安全の取り組みが進んでいるが、医療従事者・医療機関だけではなく、医療の当事者である患者を含めた医療安全の取り組みが必要ではないだろうか。 医療安全対策検討会議による「医療安全推進総合対策~今後の医療安全対策について~」(2005年6月)には、その重点項目のひとつとして「患者、国民との情報共有と患者、国民の主体的参加の促進」が挙げられている。 「患者参加の医療安全」はまさに主体的参加のひとつのかたちでもある。ならば「患者参加の医療安全」を単なる問いかけやスローガンで終わらせるのではなく、取り組みとして実効あるものにしていくためにはどうしたらよいのか。今回は「患者参加の医療安全」の考え方や進める上でのポイントを整理してみた。
「患者参加の医療安全」を進めるための条件
「そもそも、『患者参加の医療安全』は何も特別なものではないはずです」と語るのは、医療安全、リスクマネジメントの分野で幅広く活躍している九州大学大学院医学研究院の鮎澤純子助教授(写真)。 患者さんこそ医療の当事者です。そしてチームの一員です。医療安全は総力戦であればこそ、『患者参加の医療安全』をもっと積極的に展開していく必要があります」と指摘する。 とはいえ進め方によっては、問いかけやスローガンで終わってしまうばかりか、場合によっては医療従事者が行うべきことを患者に押し付けているような誤解を招いてしまうことにもなりかねない。ではどのように進めていけばいいのだろうか。
鮎澤純子助教授
鮎澤氏は、「患者参加の医療安全」を進めるためには、以下のような条件を整理してかかる必要があると指摘する。その上で、まずは「安全の確保に必要なこと」、そして「できること」から始めていけばいいと助言する。
「患者参加の医療安全」を進めるための条件
- 「患者参加」の「意味」、またその「意義」が、患者と医療従事者双方に理解されていなければならない。
- 具体的に何をするのかが双方に示されなければ始まらない。
- 仕掛けがなければ進まない。
どう進めるか、何ができるのか
鮎澤氏は、「まずは『自分自身の医療安全への参加』として、通院中、あるいは在院中の自らの安全の確保に参加することから始めてはどうでしょう」という。
例えば、誤認を防ぐために自ら姓名を名乗る、誤薬を防ぐために医療従事者と一緒に薬剤を確認することなどである。振り返ってみれば、患者から間違いを指摘されて事故になるのを防ぐことができている事例は少なくない。ならばその「患者の力」を活かすべく、患者が間違いを見つけることができるような機会を診断・治療の過程に織り込んでいけば、より安全な現場を創ることができることになる。
そして、「次に進めたいのは『全体の医療安全への参加』です」という。例えば、ヒヤリハット情報を提供する、再発防止策の検討に参加することなどである。
「医療機関で患者・家族のヒヤリハット体験を調査したところ、医療従事者が気付いていない患者さんやご家族のヒヤリハット体験、また患者・家族の視点ならではのヒヤリハット体験がたくさんあることがわかりました。それらはみな事故防止や再発防止に向けての貴重な情報です。そして、そうした体験をふまえて、患者さんやご家族から再発防止について建設的な提言をいただけることも少なくありませんでした」という。
アメリカで進んでいること 日本で始まっていること
すでにアメリカでは、「患者参加」は医療安全の取り組みにおける重要なアプローチとして認識されているという。
「毎年4万4000人~9万8000人が医療過誤で亡くなっている」といった衝撃的な数字を示しながらアメリカにおける医療事故の現状とその防止策を提言した報告書である「To Err is Human(人は誰でも間違える)」においても、「多くの病院、診療所、その他の医療の現場でほとんど活用されないままになっている重要な資源は患者である」として、「患者参加」の必要性が謳われている。
そして実際、アメリカの医療機関の第三者評価機関であるJCAHO(注1)は、「Speak Up(質問があったら、気になることがあったら、おかしいと思ったら、声にだそう)」というキャンペーンを展開し、アメリカの連邦機関であるAHRQ(注2)は、「患者向けに医師があなたの処方せんを書く場合、それをあなたが読めるか確認しましょう-もしあなたが医師の書いた処方せんが読めないのなら、薬剤師も同様に医師の書いた字を読むことができないでしょう」といった具体的な参加の方法を示す「医療事故を防ぐための20のヒント」を発表して、積極的にその推進を図っているのである。
さて日本ではどうか。2001年に発表された「安全な医療を提供するための10の要点」(厚労省医療政策局医療安全対策検討会議ヒューマンエラー部会)にも、「安全高める患者の参加 対話が深める互いの理解」として「患者参加」が謳われているが、あくまでも医療従事者向けへのメッセージであったし、その参加のありかたも「患者と薬を再確認 用法・用量 気をつけて」にとどまっていた。
すでに、日本でも、誤薬防止や誤認防止を中心にいろいろな「患者参加」が始まっている。そうした「患者参加」をさらに進めるためにも、「患者参加」を現場のみならず、医療界、社会の取り組みとして展開していく必要がある。
安全な医療を提供するための10の要点
- 根付かせよう安全文化 みんなの努力と活かすシステム
- 安全高める患者の参加 対話が深める互いの理解
- 共有しよう 私の経験 活用しよう あなたの教訓
- 規則と手順 決めて 守って 見直して
- 部門の壁を乗り越えて 意見かわせる 職場をつくろう
- 先の危険を考えて 要点おさえて しっかり確認
- 自分自身の健康管理 医療人の第一歩
- 事故予防 技術と工夫も取り入れて
- 患者と薬を再確認 用法・用量 気をつけて
- 整えよう療養環境 つくりあげよう作業環境
厚労省2001年9月公表
医療従事者に必要な意識改革
すでにアメリカでは、「患者参加」は医療安全の取り組みにおける重要なアプローチとして認識されているという。
「患者参加の医療安全」を進めていくにあたって、鮎澤氏はあらためて医療関係者に意識改革を求める。「『患者参加の医療安全』も含めて、いま医療の現場に求められているのは何も特別なことではなく、他でも求められていることを同じように求められるようになってきただけのことではないでしょうか」という。
あらためて以下の点を確認しておきたい。
第1に、医療を取り巻く環境が急速に変化しているということである。時代のキーワードは「変化」である。医療を取り巻く環境が急速に変化している。であれば、環境の変化に応じて、自分たちも変化しなければならないことになる。社会の変化、自分たちの変化をどこまで認識できているだろうか。
第2に、独りよがりの結論や取り組みでは良くならないということである。医療安全の取り組みも、熱心ではあるけれど、気がつけば、医療従事者の独りよがりの結論による独りよがりの取り組みになってしまってはいないだろうか。例えば、他の産業では顧客や利害関係者の声を聞くのは当たり前のことである。であれば、患者・家族にヒヤリハット体験を聞くことも特別なことではないというわけである。
第3に、独りよがりになりがちだからこそ対話が重要であるということである。医療従事者が考える医療安全と患者が考える医療安全と同じではないかも知れない。そもそも患者一人ひとりによって、考える医療安全は同じではないかもしれない。そうしたギャップを埋めるために必要なことは「対話」であり、目指すは「納得」である。その対話を経た納得が、医療の現場の安全と安心につながっていく。
患者参加をもう一度考えると
「患者参加の医療安全」は、医療の現場がすべきことを患者さんに押し付けようとするものではないし、医療の現場の責任を患者に転嫁しようとするものでもありません」と鮎澤氏。「必要性を理解した上で"事故を防ぐ"という明確な意思を持った参加を目指したいですね」ともいう。
そして、「『患者参加の医療安全』にはもっと先があるのです」と鮎澤氏。「もちろん第一の目的は医療の現場の安全性を高めること」と断ったうえで、「『患者と取り組む医療安全』を通して、『患者と取り組む医療』の実現が目指せるはずです」という。参加することで医療の現場の現実が見えてくる。あらためて、安全とは何か、どこまで期待されるべきなか、ならば何か必要かという議論が始まることになる。 そして、そもそも医療はどうあるべきかの議論に進むことになる。患者参加の医療安全を通して、安全な医療に関する社会の議論が始まり、ひいては医療そのものに関する社会の議論に発展することも期待したい。
(注1)JCAHO=Joint Commission on Accreditation of Healthcare Organizations
Web Site: http://www.jcaho.org
(注2)AHRQ=Agency for Healthcare Research and Quality
Web Site: http://www.ahrq.gov
参考文献
「人は誰でも間違える~より安全な医療システムを目指して~」
L.コーン/J.コリガン/M.ドナルドソン編 米国医療の質委員会/医学研究所著
日本評論社